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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-9

(前に此処に来たのは、いつのことだったのかな…)
心の中の独白のように、彼女は呟く。少なくとも、僕は他の誰かと此処に来ることはなかった。
(僕等が再会した日、以来じゃないかな)
(そっか…もうそんなに経つんだ)
(白髪が生えるほど、長い時間ではないよ)
(皺が増えるほどでもないよね)
そう言って彼女は僕を笑わせる。
(…そして、想い出が色褪せるほど、時の流れは残酷でもない)
僕は笑ったまま、想いの欠片を吐き出した。その言葉は僕だけにも、二人だけにも、また百合だけにでも言える言葉。
(あの日のように、僕等はまだ、繋がっているよね…たとえ君が、過去を見つめていても)
その言葉は口には出さず、曖昧な笑みの下に押し隠す。
(…そうかな。私には、少し残酷に感じる時もある)
その時、彼女は過去に捕らわれていることを示唆していた気がする。盲目的な思い込みかもしれない。けれど、無視はできない。
(過去を、忘れたい?)
過去なんて、いつの間にか忘れてしまうのが普通。忘れられない理由も人それぞれ。せめてその理由が分かれば、僕が忘れさせることだって、あるいは…。
(どうなの、かな…。無意味に忘れたくはないわ。一週間前の夕食は何だったか、みたいにね。でも、このままじゃいけないことは分かってる。それと同時に、このままでいることが、色々な意味で正しいんじゃないか。そうも思うの。安易に忘れたくはないけど、縛られてもいたくはない。でも、縛られることに意味がある気もする…)
現在と過去。その狭間にあるアンビバレツで、彼女は葛藤している。それは僕も同じことかもしれない。いや、この世に生きる人々すべてが…。
(忘れたくなったら、僕に言えばいい。そのためなら何だってする。オンボロバイクで何処へだって連れてくし、音痴な歌で慰めてもいい。なんなら此処で泡踊りをしたって構わない)
(アワオドリ?)
百合は軽く吹き出し、木漏れ日に輝く瞳を僕へと向けた。
(そんなことで忘れられる訳もないけどね)
僕が照れ隠しでそう言うと、百合は小さく、アリガト。と言って領ずいた。
(気持ちは嬉しいけど、此処で踊られると恥ずかしいのは私も同じよ?)
僕も笑った。
(恥ずかしさで過去を忘れられるだろ?一瞬のことだけど、その積み重ねに、過去は消えていくものだと思う)
僕はそう言ったが、そう簡単にいく筈がないことは分かっていた。根拠のない慰めは、時として非難するよりも心をえぐることになる。分かってはいたけど、そんなつまらない言葉でしか想いを伝えられない自分に腹が立つ。
百合は僕の台詩を吟味するように瞼を降ろし、やがて桃色の唇を開いた。
(新たな想い出が、古き記憶を変えてくれる。まだ見ぬ何かへと…それは、過去を捨てることとは違うの?)
(たとえ同じことだとしても、そうしなきゃ進めない時が、人にはあると思う。太陽の光は地上に届くものだけど、街の灯は、決して宇宙を越えられない。だからその間にある闇は、自分が光を持ってることを嫌悪するべきではないと思う。闇が太陽を照らしてあげることはできなくても、街の灯が太陽まで届かなくても…分かるだろ? 闇を照らしてくれるのは、太陽だけじゃないって)
僕がそう。君を照らす光でありたい。そんな言葉を隠して、僕は言った。
僕の声より、初夏の風音に耳を澄ますように、百合はそっと瞳を閉ざす。
(…そうね。ホントはそれが正しいんだと思うわ)
でもね…。そう言う代わりに、彼女は首を横に振って言った。
(太陽の光がね…眩しすぎたのかな…)
僕は沈黙でしか、答えることができなかった。足早な夏の色が、静かに辺りを染める日のことだった…。


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