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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-8

―七月。
夏の気配を閉じ込める雨季の雲は、刺すような光と、南風に浚われて、水彩画のような淡い空と戯れては、次第にその身を夏空へと溶け込ませていく。
真上は遥かなる蒼穹なのに、前方の空は都会特有のセピア色で、地元の空が懐かしくもなる。
僕は大学のロビーの椅子に座り、窓辺を眺める。
ガラスを隔てて、土から生まれたばかりの蝉の鳴き声が、微かに鼓膜を震わせた。
(もう、夏なんだね)
背後から、涼しく透き通った声がする。僕は振り返らなかった。
(夏は好き?)
空から落ちる光の波を、全身で受け止めては眩しく輝く木々を眺めて、僕は尋ねた。
(…半々、かな)
ふわり。と、甘いコロンの香りがそっと鼻孔をくすぐる。胸を優しく撫でるような、細やかな切なさを秘めた香り…。百合が隣に腰を降ろす。静かな人、まるで産まれたての仔猫のように。
(半々…というと?)
僕は彼女の視線の先に言葉を投げ掛けた。そこにあるものを、少しでも感じたかった。
(…太陽と人工灯、私は闇に生きる人、其の願いは届かない…)
そんなとこかな。と百合は呟いて、はにかむように微笑む。
(それは詩なのかな。それとも、謎々?)
何だか、僕は尋ねてばかりいる。彼女は答えてばかり。それが二人の関係性。近いようで、とても遠い。
(その、両方かな…)
絶えることのない微笑みは、つまりは、僕にその裏側を見せたくないという意思表示。毅然とした少女の面影に、僕は哀しい大人の影を見る。
(僕が解いても?)
僕も心のわだかまりを隠して、また訊いた。
(結構ですよ)
鞄を胸で抱き締めながら、彼女は領ずく。本当は何を抱き締めたいのだろう…。僕は百合の全てに意味を付けたがる。まるで幼い子供のように。
(そうだな…)
大量の教科書を抱え、よろよろと歩く学生を眺めながら、彼女の声を吟味する。太陽と人工灯、私は闇に生きる人、其の願いは届かない。…僕も似たようなことを考えた経験がある。だから、インスピレーションで感じることができた。太陽の陽射しは、何処へだって平等に降り注ぐ。真っ暗な宇宙のベールを突き抜けて、暖かく。百合は闇。その光に照らされている。人工灯とは何のことだろう…。人の作った光。宇宙を越えて太陽に届くことはない。その光を届けたいのかな。太陽へと…。
太陽が闇を光に変えてくれるから、闇は太陽に何かを与えてあげたい。作った人工の灯。けど、その儚い光は、太陽までは届かない…絶対に…永遠に…。
(いつでも自分にはあるもの。だけど、その源へと、自分の想いを届けることはできない…。答えは「想い出」?)
百合が立ち上がる。静謐な横顔に、僕は目を反らした。静けさの裏側に、僕の手には届かない光を感じたから。
(…B判定、かな)
朗らかに、けれど小さな声で彼女は言った。変わらぬ微笑が、何故か僕をいたたまれなくさせる。
(模範回答には、一歩及ばず?)
(核心に触れた答えよ。けどね…ううん。何でもない)
ゴメンね。彼女はそう付け足すと、笑顔の裏の何かを見透かされまいと、歩を進める。僕も立ち上がり、その横に並んだ。戸惑いの理由が分からない。百合のそれも、僕のそれも含めて…。
僕たちは口を閉ざしたまま、溢れ返る学生たちの中を歩いた。時折、彼女は立ち止まり、すれ違う人々の足取りを目で追い掛ける。その瞳に含まれた感情を知るのが、何故か怖くて、僕は何も言わずにいた。
雑多な学生ホールを抜け、テニスコートの袂を過ぎ、僕等はあの大きな木の下へ来た。数ヶ月前はペンキも剥げかけていたベンチも、今は新しく塗装されて、あの日の面影を淡くにじませていた。
百合が真っ白なベンチに静かに腰かける。僕はそれに倣った。
叩き付けるように降り注ぐ光の粒子を、緑のベールが和らげている。光と影が百合の顔を彩り、彫刻のように清閑な肌を染めていた。


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