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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-10

―八月。
大学は夏休みに入ったが、僕は帰省もせずにバイトに追われるだけの日々を送っていた。いつもの喫茶店。マスターがサンドイッチを作る横で皿を洗う僕と、次々と汚れた食器を運んでくるアカネ。
「君さ、何で此処でバイト始めたの?」
一通り皿を洗い終えた僕はアカネに尋ねた。タイトなジーンズと、ノースリーブのシャツ。その上に無地のエプロンを羽織り、長い髪を後ろで一つに束ねたアカネは、眉間に皺を奇せた。
「何でって、私が同僚だと…嫌?」
「君がバイトを始めてから、心なしか客が増えたよ。特に男性を中心に」
「ならいいじゃん。それとも、私に他の男の視線が集まるのが嫌なのかな?」
腰に手を当て、意味深な笑みを作るアカネ。
「…どうして君はそういう方に話を持ってくのかな」
僕は笑えず、溜め息混じりに言った。
「なんか、今の言い方バカにされたみたいでムカつくわね…」
ころころと表情を変えるアカネを見て、僕はようやく苦笑を作る。
百合とアカネは正反対な女性だった。清楚であどけない容姿の下に、はっとするほど大人びた性質を持つ百合。端から見ては少女とは呼べないほどに、大人びた容姿の下に、子供のような無邪気さを秘めたアカネ。
だからだろう。僕は正直、百合といる時より、アカネといる時の方が落ち着いた。百合と一緒にいる時、僕は彼女のためにできることを探すのに必死だった。僕が苦労して紡ぎ出した言葉が、彼女の心の底まで届いていないことを知り、悲しくなる時すらある。対して、アカネとはお互いストレートに言葉を交わし合い、素直にそれが届くことを心地良くも思った。
百合が僕のことをどう思っているのか、それは伴然としなかった。けれど、この数ヶ月でアカネの想いには薄々と気が付いていた。
「ねぇ…今日の昼間に一緒にいた子…誰?」
翌日、バイトの休憩中、この店でアカネはそう僕に尋ねてきた。今日は百合と大学の図書館へ行っていた。サークルでアカネも通学していたのだろう。質問が唐突だったので、僕は首をかしげた。
「何の話?」
「大学の中庭の木の下のベンチで妙に澄ました顔の女と鼻の下伸ばした君を見掛けましたという話」
アカネは大きく息を吸うと、一息でまくし立てた。余りにもあからさまな感情の機微に、最初は冗談で焼きもちを焼く振りをしているのだと思った。
「誰って、同期生なんだから知ってるだろ?」
僕は調子を合わせて軽い口調で言った。設定は、浮気現場を目撃されてカノジョに言及される男。そんな小芝居だろう。アカネはそういう下らない遊びが好きな子だった。
「そういうことを訊いてるんじゃない。どういう関係なのかを訊いてるのよ。ストレートに言えば」
アカネはカウンターの上で腕を組み、僕を剣呑な眼差しで見つめながら言い放つ。
「俗に言う、友達以上恋人未満。という感じかな」
飽くまで軽く言うと、アカネはきつく瞼を閉じ、重厚な溜め息を吐いた。なかなか堂に入った芝居だ。
「…友だち以上ね…」
苛立ちの発露を呟きに変え、彼女は髪を手でとかす。その様子が持つ憂いに、僕は少し戸惑った。
「そう。そして今は恋人未満。それ以上になりたいと、努力はしてるんだけどね」
アカネは頭痛がするように眉を奇せた。
「紅茶、お代わりでも?」
僕はそう言ってみたが、アカネはそれを無視する。どうやら本気で機嫌を損ねたらしい。
「…何かあった?ご機嫌斜めのようですけど」
「…さっき言った通りよ」
僕は怪訝な顔で首をかしげた。
「いらっしゃいませ」
椅子にもたれてバイク雑誌を読んでいたマスターが言った。女子高生と思しき二人組が店内に入ってくる。アカネは何も言わずに立ち上がる。
「いらっしゃ…」
いませ。という僕の言葉は、肌を叩く小気味良い音に遮られた。僕はジンジンと痛む頬をさすり、呆然とする。見事な平手打ちに唖然とする二人の女の子には目もくれず、アカネは店を出ていった。女の子たちが声を潜めて囁きを交わす。僕は舞台に取り残された場違いな黒子みたいに、虚しくたたずんだ。
「いらっしゃいませ」
言いかけたままの業務用挨拶を改めて口にした。店内に哀れに響いた。女の子たちが何処か気まずそうに席を探し、いそいそと座った。僕から一番離れた席だった。
「…三文ドラマみたい…」
そんな声が聞こえた。
「アカネちゃん…まだ仕事が残ってるんだが」
マスターが小さく言った。
「僕が二倍働きます」
僕は誰にも聞こえないように舌打ちをした。


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