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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-7

「気にするな。君が喜ぶような話はしてない」
「照れ隠しだろ」
ボソッと呟くマスター。
「どんな話か興味あるけど、まぁ、いっか。コーラちょうだい。今日暑くて、喉がカラカラ…」
紅茶を用意していたマスターの手が止まる。心なしか、その顔は引き釣っていた。
「…コーラだね。今すぐに」
肩を落として冷蔵庫に向かう後ろ姿を見て、僕は吹き出しそうになるのを耐えた。ニーズは時と場合により変化する。一つ勉強になりましたね、マスター。
「どうしたの?マスター元気ないねぇ」
カウンターの椅子に腰を降ろし、彼女は言った。
「君のせいだと言えなくもないけど、大丈夫。固定観念に捕らわれた自分が悪いんだから」
「私のせい?固定観念?…本当に何の話を?」
小首をかしげる彼女。気にしない気にしない。僕はそう言ってコーヒーに口を付けた。
「バイト、何時に終わる?」
急に話題を変える彼女。僕は首をかしげた。
「マスターの気分次第かな…あの分じゃ、閉店まで付き合わされるかも」
「…残念。せっかくの日曜なのに」
「残念…?」
「暇だから、映画館にでも行こうと思ったのね。今日公開のやつ。でもね、嫌なの。一人でラブストーリー見るのって。分かる?だから、上京したての田舎者でもいないよりマシかなぁ…ってさ」
赤みの帯びた髪を撫でながら、彼女は溜め息を吐く。饒舌な喋りがなければ実年齢より年上に見られる顔に、相応の憂いが宿る。如何にも都会的な美人の雰囲気で、僕と映画館に行くよりはむしろ、その映画自体に出演してそうな子だ。
「こんな田舎者以外にも、友だちは沢山いるだろ」
「一緒にラブストーリーを見たいと思える人間は他にいないの。女友だちは生身の男にしか興味のない連中ばかりだし、男は男で、下半身ばかりお盛んで、そっちの感性ゼロの奴ばっかだもん」
「理性人の振りして、コイツだって一皮むいたら同じかもな」
揶揄しながらマスターが彼女にコーラを差し出す。
「この人はね…真性の理性人よ。うん。私には分かるもん」
「君さ…遠回しにバカにしてない?甲斐性なしって」
「甲斐性なし。悪いことじゃないわ。少なくともあり過ぎるよりはね」
「男としては後者の方が幸福だと、俺は思うぞ」
マスターがそう言うと、彼女は、
(そうかもね)
と言って微笑んだ。
麗らかな日曜日の昼下がり。僕たちは言葉を交わすことで、それぞれが持つ、心の穴を埋め合っていた。埋めたところで、それはまたすぐに穴の底へと落ちていくのだけれど。それはある意味では必要なことなのだ。何故なら、欠落した心の穴を埋めるべき本当ものは、皆それぞれに別の場所にあったから。少なくとも、日曜日の喫茶店での他愛のない会話で満たされるほど、それらは安くはなかった。人は常に隠し事をしながら生きている。と僕は思う。僕たちも例外ではない。僕もマスターも彼女も、互いに知らない一面があり、嫌悪するような一面もあり、また、もっと愛するべき一面もある。けれど、僕たちはそれを表に出そうとはしない。全てをさらけ出すことは、傷付くこと受け入れることだという意味を知っているから…。
結局その日、彼女は日が暮れるまで店で暇を潰し、僕は閉店まで働かされた。
三人での会話は、故郷の友人たちと話しているように澱みがなく、それなりに充実した日曜日だった。
しかしそれは、心の穴を塞いで、空虚な風が吹き抜けないように接着するには至らなかった。けど、その冷たさを紛らわすだけの温もりは、確かにあったと思う。勿論、僕はその温もりだけで、本当の意味で救われたとは思えなかった。
マスターとは、短い間柄ながら信頼関係を築けたと思うし、彼女―茜(アカネ)だってそうだ。けれど、その想いを裏切るように、僕の心の中にはいつだって、百合がいた…。脳裏の中の彼女は、物憂げな眼差しで、僕の知らない遠い場所を見つめていた。皮肉にも、その瞳は僕が百合のことを想う時の瞳とそっくりなことに、僕は気付いていた…。できることなら気付きたくはなかったけれど。


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