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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-26

―目が覚めると、日は傾き始めていた。窓から覗く斜陽が、部屋をオレンジ色に染めている。寝起きで頭の中が妙に重く感じた。僕は水を飲むためにキッチンへ向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、グラスに注ぐのが面倒で直接あおった。食道を渡って胃の腑に落ち着く冷たい感触に、すぐ頭は冴えた。僕は一息つくと、電気を付けてカーテンを閉めた。
そう言えば、ずっと携帯の電源を切っていたことを思い出す。
バイト中は勿論、バイクの運転中もずっとオフにしていたので、そのまま忘れていたのだ。テーブルに置いた携帯を手に取り、オンにすると、着信ありの表示が幾つか目に付く。全てアカネからだ…。少し気まずい感もあるが、今すぐ電話をかけることにした。バイトも早くに切り上げてしまったため、謝る機会を失っていたが、アカネから連絡があったのは好都合だ。
着信履歴に残ったアカネの番号に電話をかけると、彼女は三回のコールですぐに出た。
「あっ、もしもし…」
僕の言葉は、突如としてアカネの怒声に遮られた。
『いつまで電源切ってるのよ!君の家には電話ないんでしょ!何のための携帯よ』
「…悪い。寝てた。それより、謝りたいことがあるんだ。今朝のことなんだけど…」
僕の話しも聞かず、アカネが電話越しで重々しく嘆息を吐いた。
『そんなこと、どうでもいいのよ…』
一変して、彼女の声は抑揚を落としている。何処か様子がおかしい。
「何かあった?」
暫しの沈黙。
『マスターが事故。バイクは大破。投げ出されただけだから、体の負傷は擦り傷だけ。念のため、今検査してるところ』
アカネは恐ろしく機械的に言った。意識して感情を押さえている。僕は溜め息をついた。思わず、叔父の死を想い出してしまった。
「そうか。今、君は病院?僕もこれから行くよ」
マスターの様態が大事には至らないことを知ったせいか、僕は至って冷静だった。それがアカネの神経を逆撫でしたらしい。
『…随分と、平静なのね』
皮肉げな声。仕方ないさ。そう答えようとして、止めた。自分のせいで叔父を死なせた経験があるせいか、その手のことに関して、僕は然程ショックを感じなくなっていた。冷たいかもしれないが、生きているなら、騒ぐ必要はない。怪我は時間が治してくれるし、バイクはまた買えば良い。命があれば、全てはやり直すことができるのだから(それが、僕が百合に一番伝えたいことなのかもしれない)。
「これでも動揺はしているんだ。ただ、それを表に出したって自体は何も変わらないだろ」
僕は言った。アカネはしばらく何も答えてくれなかったが、大丈夫?と僕が訊くと、静かな声で苦衷を吐露した。
『うん…ごめんね。少し神経質になってたかな。突然のことだし、身近の人が事故に遇うなんて経験…初めてだから。気にしてたら謝る』
僕は経験者だが、普通はもう少し取り乱すものかもしれない。アカネの反応は正常だと思う。少し動揺し過ぎる気もするが、彼女とマスターは僕より古い仲だ。もしかしたら、父親が事故に遇うのと同じくらい、心配しているのかもしれない。アカネに取って、マスターは身内と同じで、他人ではないのかも。
「気にしてないって。それより、今病院?」
『これから向かうところ。マスターから電話があったの。軽く事故って二〜三日は店に顔出せないから、後よろしくって…。まるでちょっと風邪ひいたみたいに言ってたわ』
少し落ち着きを取り戻してきたのか、その口調の後半には苦笑の響きがあった。
「気丈な人だね。まぁ、二〜三日でまた店にこれる程度の怪我なら、良かったじゃないか。安心したよ」
僕が言うと、アカネが電話越しに領ずく気配を感じた。
『そうだね。良かった…本当に』
その声を聞きながら、僕はバイクのキーを手にした。
「何処の病院に運ばれたの?」
彼女が口にした病院名は、僕等が通う大学からは五キロほど離れた場所にあった。僕も風邪をこじらせた時、通学ついでに通ったことがある。
僕はアカネと合流するために彼女のアパートの住所を聞き出し、部屋を後にした。


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