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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-27

―アカネのアパートに着く頃には、すでに陽は落ちた後で、辺りを濃厚な闇が覆っていた。この街に来てから一年にも満たない土地鑑でアパートを探すのには骨を折ったが、何とか面会時間には間に合いそうだった。
アカネはタンデムシートの後ろに跨ると、ヘルメットを被りながら、
「安全運転でお願いね」
と僕に釘を刺した。
「古人曰く、前車の覆るは後車の戒め為り。前車はマスターで、後車は僕等だからね」
と、僕は答える。アカネはそれを無視して、ヘルメットから流れる髪を整えながら言った。
「安全に急いでね」
「二兎を追う者は一兎をも得ず…知らない?」
「いいから早く出て!」
アカネに一喝され、僕はバイクを走らせた。ささくれ立った気分を和らげようとしたのだが、余計なお世話らしい。        「安全に急ぐ。矛盾してるけど、気持ちは分かるからね…」   口腔で呟き、アクセルを捻った。               ―病院に着いた頃には、すでに面会時間を過ぎていたが、急患の場合は特別らしく、僕等は30分だけ面会を許された。      無機質な病室の、一番奥のベッドでマスターは横になっていた。 「お前等、わざわざ見舞いにくるほどの怪我でもねぇのに」   彼は僕等の顔を見ると、悪戯を見付かった子供のように苦々しく笑った。擦過傷が酷いのだろう。腕に巻かれた包帯が痛々しく、左腕にはギプスが填められていた。      「マスター、大丈夫?検査の結果はどうだったの?」      ベッドの袂の椅子に腰を降ろし、アカネは心配そうに声をかけた。「見ての通りだ。亀裂骨折ってやつらしい。まぁ、少しヒビが入っただけで、本当に折れてる訳じゃないから、すぐに治るみたいだかな…」       マスターは左腕のギプスを摩ると、僕に視線を移した。
「大事に至らなくて、何よりです」
と、僕は言った。
「ああ、迷惑かけたな。店、あれからどうした?」
「マスターもいないことだし、流石に僕一人で閉店まで切り盛りするのはきつくて、早めに閉めました」
それが賢明だな。そう言って彼は領ずいた。
「マスター、いつ退院?」
アカネが尋ねる。
「明日には出れるさ。店は、どうするかね…。お前等がいれば何とかなるが、大学もあるしな。取りあえず、ギプスが外れるまでは閉めることになるだろう。なに、ほんの三週間程度だ。構わないか?」
アカネは領ずいた。僕もそれに倣った。
「体の回復を優先して下さい。なんせ…」
「歳が歳だから、治りが遅い」
僕の言葉に、アカネが付け足した。マスターは一瞬、きょとんとし、やがて豪快に笑った。その笑い声がうるさかったのか、隣りのベッドでTVを見ているおばさんに睨まれる。何故かアカネが代わりに謝った。
「しかし、交通事故ってのは色々と面倒なんだな。警察なんかと話したのは何年振りだ」
「自慢のV-MAXも大破したらしいですね。まだローンも残ってるのに」
「…まったく、不運だよな」
「何言ってんの。幸運よ。たかがバイク一台、命と比べたら安いもんじゃない」
…まぁな。マスターはそう呟いたが、彼が本当に落胆しているのはその顔を見れば分かる。
「保険も出るでしょう。その腕じゃあ新しいのを買っても、乗れるまで時間が必要ですけどね」
「ああ。良い機会だ。少し遅めの夏休みとでも思って、ゆっくり休むさ」
マスターはそう言うと、疲れたように重く息を吐いた。元々が細い顔なので、余計に疲弊しているように見える。
「眠いなら寝ていいよ。私たち、もう帰るから」
マスターを気遣い、アカネが優しく声をかけた。
「…ああ、大丈夫。そうだ、アカネちゃん、ちょっとジュース買ってきてくれねぇか…」
そう言って、彼は僕に視線を投げる。私?と言って、アカネは自分を指差した。
「その意図を通訳しようか。どうやらマスターは、僕と男同士で話があるようだよ」
マスターは気まずそうに頭をかいた。
「何それ?感じ悪いな…」
「…悪いな。ほんの三分で良いんだ」
差し出された千円札を受取り、アカネは渋々と立ち上がる。
「はいはい。言ってきますよ。どうぞごゆっくり」
「僕、コーヒーね。ブラックの」
「知らない」
アカネは小さく呟くと、颯爽と病室を出て行った。僕はそれを見届けると、アカネの代わりに椅子に座る。
「急に何です?古典的な方法でアカネを追い出して。まさか、実は肺ガンが見付かったとかいうオチじゃないでしょうね」
窓外の闇に目を馳せる。窓に映る僕等を通して、鬱蒼と生えた樹木の暗いシルエットが浮かんでいた。


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