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銀色に鳴く
【純愛 恋愛小説】

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銀色に鳴く(2)-1

彼女、つまり田中サンからの好意を素直に、ただ単純に甘える事は、僕の弱さと言えるのだろうか。
僕のこの一週間は、彼女との間に作られた物である。 僕の大抵の自由な時間は彼女と共にあり、あるいは僕は―――幸せだった。
彼女と話すのは楽しかったし、心地良かったし、なにより、意識して過去を忘れる事ができた。思い出すたび切なくなる過去を。

そう、過去なんだ―――


『2:雨、来るる時』


例えば、泣きたくなる時や逃げ出したくなる時、そんな瞬間に、必ず傍に先輩はいた。
何をする訳でも無い。慰めもしないし、哀れみもしない。憂いも持たないし、悲しみも無い。ただ、僕の傍にいてくれるだけだ。
僕の中の、あるいはどこかに置き忘れた部分を補う様に、チョコンと隣に座り、僕が完全に自身を補修するまでの間、ずっと待っている。
それは僕だけにとって、積みかさなった陽の光の様に暖かで親密で、素敵な仕草であった。

……僕が恋に落ちるのは、容易な事だった。




先輩と、こんな話をした事を覚えている。
今になって思い出す僕の頭を、忌々しく想いながらも懐かしい、そんな記憶。

「単純に、想いを告げられる事って言うのは優しさで、難しく心を伝えるのは悲しさ、なんだろうね」
僕は始め先輩がそれを僕に言ったのか、それとも僕と先輩の間にある親密な空間に向かって放った言葉なのかがわからずにうつ向いていた。
その後先輩が首をかしげて
「聞いてるの?」
と言ったので、そこで僕はようやくさっきの言葉が僕に向けられていた事を悟った。
「わからないですよ、そんな事。想いを告げられるなら、どっちも同じなんじゃないですか?」
「ううん、それは違うよ。だって単調なリズムより優しい告白なんて、この世には無いもの」
彼女は、まるで世界とそれを繋ぐ全ての物を愛でる様な眼で、優しくそう呟いた。それはその後の僕の心をしとしとと濡らし、あるいは小さな光となって心の一部をあたため続ける事になる。
「光はあたたかい物、音は心地よい物。人はぬくもりがある生物で、言葉は優しい物」
先輩はゆっくりと眼を閉じた。僕はその仕草の持つ意味を知らないでいた。
瞼が微かに動いている。閉じた先に見える何かを見つめているのだろうか。
僕はその素敵な顔が、本当に素敵だと思った。
「きっと私達の根っこの部分は、優しさで出来てるんだよ。――うん、そうだ。そうに違いないよ」
含み笑いをした僕。先輩は瞑った眼を開かない。きっと、その仕草には意味があるんだろう。
「ねえ、お願いがあるの」
「えっ?」
「……キスして?」





僕と先輩の距離が無くなったのと同時に、僕らは何かを失って、そのかわりに悲しみを属性に持つ愛を手にいれた。優しさや愛しさ、そんな主成分を付属品と定義した、悲しい愛。
それが良かった事なのか、それとも先輩とってマイナスに成りえる事だったのか、それはわからないのだけれど。

けれど、きっと、きっと。
先輩にとって、また僕にとっても、素敵なファーストキスだった。


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