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銀色に鳴く
【純愛 恋愛小説】

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銀色に鳴く(2)-4




その後、先輩が身体が冷えるからと家へ招待してくれて、僕はそれを受けた。
二人と一匹で歩いた道の全てを、僕は今でも思い出す事が出来る。ふてくされた日曜の雨と、その香り。横を歩く先輩の表情、まつ毛の長さ、額にひっついた前髪。眼鏡がやや濡れているのを、僕は不思議に美しいと思った。
シルバの鳴き声に、雨音。ぽたぽた、とか、ざぁざぁ、とか。そんな日々を織りなす糸束の様な、濃密な日常の音が僕をつつむ。
雨が降っているのに太陽が出ていて、雨粒が光でキラキラしていた。奇妙な秩序を守って降りてくる天上の涙達は、それぞれが自己主張しているかの様に力強かった。
一つ一つが、とても激しい性交の様な親密感を持っていて、それでいて思春期の少女の様な、なにかしらの冷たさがそこにはあった。
僕はそんな親しい隣人のみたいな曖昧な世界の中で、道のど真ん中、例えば歩道橋や大通りの電信棒の根っこの所とかで、泣いた。先輩の、なにかに耐えられなくて必死に涙を流した。次から次に現れる水粒を拭いて、先輩の微笑みを見てはまた泣いた。
先輩が笑ってる事だけが、世界の唯一の救いに思えてならない。

わん、と一つ鳴いたシルバの眼は、僕を慰めている様にも見えた。





「世界の唯一の……救い?」
彼女、つまり田中サンは、僕が洩らした言葉を反芻する様に、問うた。
うん、と言った僕の顔は、ちゃんと笑えているのだろうか。
「うん、そうだよ。唯一。その時は、だけどね」
「じゃあ今は?……じゃあ今は違うの?」
「―――うん」
「じゃあ今は?千明くんにとっての、世界の救いって?」
「それは――」
僕はそれだけ言うと、次の言葉が出ずに黙ってしまった。僕は、あるいはその時話すべき言葉を、どこかに持っていたのかも知れない。けれどそれは僕と田中サンとの空間に出る事はせずに、何故か霧散した。

――僕は、弱い人間だ。

「―――続き、は?その後、どうなったの?」
「……うん。その後ね、先輩の家に行って、コーヒーを三杯飲んで、クラシックのCDを聴いて、シルバと存分に遊んで、先輩と色々会話して、また泣きそうになった時に服が乾いて、そのまま何も起こらずに帰った。帰りは雨は止んでいたよ。木々に映える水玉がとても綺麗だったの覚えてる。」
田中サンは、黙る事が出来ないからか、声に成らない声を洩らしたていた。う〜、とか、む〜、とか、そんな響きだった。
「その日、たぶんその帰りしな、葉っぱから落ちる水粒を見た時、その瞬間に、僕は先輩が好きなんだって事に気付いた。その日一日で、どこをどう好きになったか解らないけど、僕はたまらなく先輩の事が好きになっていた」
「うん」
「だからって言うか、僕はそういった人間なんだよ。きっと、恋とか愛とか、そんな物は突然降ってくる雨みたいな不安定な生物なんだ」
「うん」
「どうかな。これで僕の初恋の話は終わりだけど――」
「まだ始まった所だよ?千明くんが好きになったばかりじゃない」
「うん。そうだけど。でもこの話はもうおしまいなんだ、これで。結末を言うと、僕は先輩に恋をして、告白をして、フラレるって事になるだけど、そんな話つまらないしね。だから、この話はおしまい」
「うん。わかった」
彼女は、それだけを言うと黙った。ちなみに、さきほどから読んでいた本のページは一枚も進んでいない。

「ねぇ千明くん?」
「うん?」
「―――やっぱり、私、千明くんの事好きだな」


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