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『彼方から……』
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『彼方から……』-10

『すみません。娘は今朝から旅行に出掛けてまして、三日程で戻ると言っておりましたが……』

そんな答えが返って来た。俺の予感は最悪な形で的中してしまう。

「大変失礼致しました。また日を改めますので……では失礼します。」

美宇の母親の声が遠くに聞こえていたけれど、何とか普通に電話を切る事ができた。だけど、もう一刻の猶予もない。

急いでマンションを飛び出すと、俺は手近なタクシーを拾って行き先を告げた。車を降りて石段を駆け上がり、境内を走り抜けて俺が向かう場所、それは俺の墓だった。

「畜生!!間に合わなかったのか……」

墓には真新しい線香が煙りをあげていて、美宇がここを訪れたのは間違いないと告げている。

だが、まだそんなに時間は経っていない筈。わざわざ墓前に最期の挨拶に来るぐらいなら、あいつは間違いなくあそこにも立ち寄る……

そう考えながら、俺は次の目的地へ走り出した。

走りながら俺は自分の迂闊さを呪う。何故、四十九日目と決め付けていたのかと……

美宇は間に合わせると言った筈だったのに。


ピンポーン、ピンポーン

ドアチャイムを押しながら荒い呼吸を必死で俺は整える。

………ガチャ………

「どちら……あら?あなたは只野さん。」
「すみません美宇が!!……いえ、こちらに美宇さんが来ませんでしたか?」
「え、ええ。ついさっき見えたわ。でも、どうしてあなたがそれを?」

やっぱり美宇はここに来ていた。

「何か……行き先について何か言ってなかったですか!?何でもいいんです!!知ってたら教えて下さい!お願いします!!」

俺のただ事ではない様子に母さんの顔も真剣な面持ちになった。

「猫を預かったわ。それと、想い出の場所に行くとか何とか……」
「ポチを!?まさか、そんな……」

行き先に心当たりが出来た。一刻も早く向かわなきゃ!!俺は振り向いて走り出そうとした。

「待って!只野さん。一体何が起きたの?」
「彼女は……美宇は自殺する気です。早く追い掛けなきゃ!!」

俺の言葉に母さんの顔面は蒼白になる。

「馬鹿な事言わないで!どうしてあなたにそれがわかるの?」
「俺にはわかるんです。それを止める為に帰って来たんだから……」
「あなた、何を言ってるの?」

困惑している母さんの後ろから鳴き声が聞こえた。

「ミャーン」

小さな茶と白の子猫は母さんの足元を擦り抜けると、俺の足にじゃれ始める。

「ははっ、お前は俺がわかるんだな、ポチ……」

子猫は嬉しそうに鳴きながら仰向けに寝そべった。静かにしゃがんで、その柔らかなお腹を俺はそっと撫でる。

「あ、あなたは……まさか、あなたは……」

顔を上げると母さんは目を見開いて俺を見ていた。
ポチの行動で理解したんだろう。お腹を触らせる相手は一人しかいないんだから……

「俺の正体は明かせません。だから名前を呼ばないで下さい。ここに居られなくなってしまうから……」

母さんは口に震える手を当てて小さく首を振る。そっと立ち上がって、俺は母さんを見つめた。

「あいつを自殺させる為に助けた訳じゃない。時間がないんだ。四十九日しか俺は居られない、だから行かなくちゃ……」

姿勢を正してゆっくりと俺は頭を下げると再び顔を上げて母さんの方をじっと見つめる。

「俺の気持ち、わかってくれてありがとう。美宇は必ず連れて帰るから……」
「待って!待ってちょうだい!ほんの少しだけ。」

そう言って母さんは居間ヘ走って行く。そしてすぐに戻って来ると、俺の手にカギを握らせた。

「あなたの車のカギよ、使いなさい。」

小さく頷いてカギを握り締めると、俺は母さんを抱き締めた。

「親不幸でごめんなさい。だけど、父さんと母さんの子供でよかったよ。いつまでも元気で……。行ってきます。母さん……」

震える声で俺が呟くと、そっと離れて母さんは首を振る。

「私達の…息子は……死んだ…のよ。母さん…なんて、呼ばない…で……」

目にいっぱいの涙を溜めて、微笑みながら母さんは言った。俺の頬を熱いものが流れていく。唇を噛み締め何も言えずに俺も頷いた。足元にじゃれつくポチを抱えると俺は目許を拭う。

「美宇を助けに行くぞ。ポチ、お前も来い!」

その言葉に答える様に、ポチは一声鳴いた。

俺は車に乗り込み、エンジンを掛ける。向かう場所は決まっている。間違いなく美宇はあそこに行く筈だ。

アクセルを踏み込み俺は車を走らせた。

美宇!今行くぞ、待っていろ……


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