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『彼方から……』
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『彼方から……』-9

更に数日後、俺はまた墓地に来ていた。その理由は美宇に逢う為……

住職が言った事が本当なら今日が休日の美宇はここに現れる筈だと思った俺は、美宇が出掛ける時間の少し前にマンションを出てここに来ている。けれど昨日からどうやって話そうかといろいろ思案してみたが、結局上手い理由など考え付かなかった。

いっその事、俺の正体をバラせば簡単かもしれない。けれど、その後にどれだけの時間が残されているのかわからない。果たして説明する時間があるのかさえも……

手を合わせたまま思いを巡らせていた俺は、自分のすぐ傍に人が来ていた事に気付かなかった。

「あの……」

俺の耳に声が届いた……

その忘れる筈のない声に俺の呼吸は一瞬止まる。身体が小さくビクンと震えたけれど、幸い背を向けていたから表情は見られなかっただろう。そっと息を吸って俺は振り向いた。

「ああ、すみません。」

平静を装い、立ち上がって軽く会釈する俺の視線の先には美宇が立っていた。

美宇、やっと逢えたな……

美宇は無言で頷き、静かにしゃがみ込むと墓に手を合わせる。多分、取り替える為に用意してたんだろう、その膝の上には真新しい花束があった。俺がそっと自分が活けた花束を台座から抜き取ると、そんな俺を美宇は不思議そうな顔で見つめていた。

「君の花束を活けてくれないか?その方が克樹は喜ぶから……」
「でも、それじゃ……」

俺は黙って首を振る。そして花束を墓の脇の植え込みにそっと挿した。

「捨てる訳じゃない。こうやって挿しておけば無駄にはならないし、あいつもきっと喜ぶさ。賑やかなのが好きだから……」

俺は静かに笑うと美宇に背を向けて歩き出す。

「あの!……あなたは……誰?」

俺を呼び止める美宇の声に背を向けたまま俺は立ち止まった。

「名乗る程の者じゃない。そうだね、彼の知人……とだけ言っておくよ。」

軽く手を上げてそう言うと俺は歩き始める。しかし、数歩進むと再び立ち止まって

「ああ……忘れてた。君に伝えたい事があったんだ。馬鹿な考えはやめるんだ、そんな事をしても克樹は絶対に喜ばない……絶対に……」

背中越しにそう言った。

「!!!」

背後で美宇が息を飲む気配がする。本当は今すぐにでも振り向いてすべてを伝えたい。だけど俺は振り向きもせずに歩を進める。唇を噛み締めて、ただ前を見つめて……

お前も未来(まえ)を見て歩くんだ、美宇……

過去(オレ)を忘れて……



「あと二週間か……」

窓から美宇の家を眺めながら俺は呟いた。

あの日以来俺の生活は熾烈を極めている。僅かな睡眠時間以外は片時も美宇から目を離さずにいた。

「まるでストーカーだな俺は……」

高まる緊張をほぐそうと馬鹿なコトを呟いてみても、洒落にもならない。

過ぎていく一日がやたらに長く感じる。それは蓄積されていく疲労が徐々に俺を蝕み始めていたからだろう。

ぎりぎりに張られている緊張の糸は思考力を低下させるらしい。その時の俺は、自分が重大なミスを犯していた事にまだ気付いていなかった。

その日、夜が白々と明け始めた頃に抗いようもない睡魔に襲われて、俺は2時間程眠ってしまった。

「クソッ眠っちまってたのか……」

急いで時計に目を走らせると時刻はまだ7時前だった。ホッと胸を撫で下ろし、再び美宇の部屋に俺は視線を向ける。

けれど俺の思いも虚しく異変は静かに幕を開けた。

「おかしいな、今日は休みじゃない筈だが……」

普段の出勤時間を過ぎたのに、美宇が出て来ない。更に1時間が過ぎても美宇が家から出て来る気配は無い。

ゾクリ……

妙な不安に神経が逆立つ。思うよりも早く俺の指は美宇の家の番号を押していた。

『はい、柚木でございます。』

電話越しに久しぶりに聞く美宇の母親の声。動揺を抑え、努めて冷静に俺は口を開いた。

「恐れ入ります。〇〇の鈴木と申しますが、柚木美宇さんはご在宅でしょうか?」

無論、口から出まかせの苗字だけどどの会社にも一人ぐらいはいるだろう。すると……


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