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透明な砂時計
【純愛 恋愛小説】

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透明な砂時計-2

僕は黒板に書かれた数学の方程式を無視し、なんとなしに周りを観察する事にした。
生徒はまばら。 僕の他には10人くらいの生徒が机に向かっている。
隣で必死になって連立方程式を解いている友人のその姿は、なんとなく餌を頬張る野良犬の様な気がして滑稽に見えた。
僕が出来るだけ優しく「わかる?」と聞くと、勝ち誇った様に「余裕」と答えてみせ、僕が「そう」とため息をつく様に答えると、嬉しそうに次の問題を解き始めた。

僕は携帯電話で開き時間見た。残りがまだ3時間もあるのを確認しゆっくりと欠伸を一つ。
なんとなしに窓に広がる風景を眺める。外は紺碧の空。雲一つ無く、ご機嫌は最高。
あぁ、なんでこんな日に教室に缶詰…
虚し過ぎてまた欠伸を一つ。ダメだ。賭けてもいい。僕は完全にアウェイだ。




そんな中の彼女はひときわ際立っていた。
神々しいとも取れる独特の雰囲気で周りを圧倒しかつ自然に始めからそこにあったかの様に凛と本を読んでいた。とても可哀想といった眼で本を睨み、唇をギュッと結び、ワナワナと震える様に読書にふけっている。
不意に――それは彼女の意思には反している様に見えた――涙が一筋だけ、流れ落ちた。長いまつ毛の間からスルリと表現できる様なとても綺麗な涙が。
僕は思わず見とれてしまった。
何かこの世の物とは思え無い程の美しさがそこにはあった。 美しい小説の様な透明な空間が生まれる瞬間でもあった。
とても…とても美しい。僕は時を忘れるという体験を生まれて始めて感じる事になる。

僕は意識的にその空間を感じようと全身をセンサーと化し、彼女にその全神経を向けた。
世界は僕と彼女を残し白み、世界は彼女がページをめくるパラリという音だけになる。 世界の空気は彼女によって澄んでいき、世界の色は彼女を表現する為だけに存在した。
僕の世界が望んだ全てが彼女であり、透明であった。
――透明?
僕は僕自身の出した答えに疑問を持つ。

人はそれを
恋と呼ぶのかもしれない。




その先の展開を期待する事を僕はしなかった。
しても仕方の無い事だし、第一、僕は彼女の事を何も知らない。 同じ学校にいながらにして顔を見たのも始めてなんだもの。 知っている事など何一つ無い。
その事に関して僕は絶望はしなかったし(仕方がわからなかった)希望もしなかった。
一方通行の恋の結末がどんだけ虚しいかは、僕だって知っている。結末の知ってる映画なんてものは誰も見たがら無いものだろうし。

でも――僕のその予想は、見事に破られる事になる。



この話がつまらないと評価を受けない様に神様がチャンスをくれたのはそれから3日たったある日の事だ。
その日は、普通は一日中ある休日学習教室も今日は教員の出張という事でお昼には解散という夢の様な日程であった。
午後からの時間が空いた僕と友人は、近くのファーストフード店で食事を済ませ、友人は家路へ、僕は学校へと戻った。
なぜ学校に戻ったかなんて僕にもわからない。 家に帰ってもやる事が無いって事でも理由付けられるし、彼女に会えるかもしれないなんて小さな期待があった事も確かだ。
それでもそれらの要素は、僕が学校に足をのばす決定的要因では無かった様に思う。
あえて表現するなら、僕は学校に“吸い寄せられた”。 何かの意思に沿うように。はたまた何かの力に押される様に。
あの時の得も言われぬ感覚は、それまでの僕の人生では味わった事の無い経験であった。
そうだな…うん。『運命』って名前が一番しっくり来るのかもしれない。―――これは運命なのかもしれなかった。その可能性は限りなく低いけど。


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