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10年越しの約束
【初恋 恋愛小説】

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10年越しの手紙-3

「お母さん、俺…退院したい。」
ヒジリと約束をした直後、俺は母親に言った。
「え?」
「手術受けたい。」
今まで俺は、自分の体の事を諦めていた。でもさっき俺との約束を喜んでくれたヒジリを見て、初めて『病気を治したい』と強く願った。
早く元気になって退院して、ヒジリと一緒にあの花を見たい。
俺が打ち明けると、母親は一瞬困惑した顔を見せ、目に涙を溜めながら逃げる様に病室を出て行った。
その涙は決して嬉し涙なんかじゃない事を俺は知っている。母親はいつも…自分よりも先に死ぬ俺を想って泣いているんだ……

手術をしても、この病気が治る確率は遥かに低い。寧ろそのまま死ぬかも知れない。
俺だってそれくらい解ってる。両親が敢えて俺に手術を進めなかった事もちゃんと解ってる。
それでも、僅かにでも生きられる可能性が有るのなら、そこに賭けてみたいと思った。どのみち俺の命はそう長くはないのだから…


それから二日後に、突然ヒジリの退院が告げられた。
俺と離れるのが嫌だと泣き叫ぶヒジリ…俺はそんなヒジリを呼んで、また約束をした。守れないかも知れない未来の約束を…
「10年後の今日、あの桜の木の下で会おう!」
胸が潰れるかと思った。平気なフリをしてても、本当は苦しくて仕方ない。
10年後…俺は恐らくこの世に居ない。10年という月日は、ヒジリが『死』という事をちゃんと理解して受け入れられる様になるまでに必要な時間だった。
俺の言葉を聞いた大人達は皆渋い顔をし、俺の母親はその場で泣き崩れた。
10年も俺が生きられないであろう事を、皆が知っている。
唯一それを知らないのは…嬉しそうに指切りをしているヒジリだけ……


桜の木が黄緑色の葉に覆われ始めた頃…俺の手術はもう明日に迫っていた。
両親は無理に笑顔を作ってずっと俺の側に居るけれど、度々廊下に出ては、俺に見られない様に泣いている。
手術の成功を信じたいけど、俺だってつい『今日が人生最後の日になるかも知れない』と考えてしまう。
死にたくはない…でも、どうしても死を意識してしまう。
(お父さん、お母さん…本当にごめんなさい…せっかく生んでくれたのに…先に死んでごめんなさい……)
堪らなくなった俺は、両親に隠れて紙とペンを取り出した。

『短い間だったけどありがとう』
感謝の言葉で始まる拙い手紙…俺が書いたのは、両親に宛てた遺書だった。
本当は遺書なんて書きたくなかった。それなのに…こんな手紙を書かなければならない自分が悔しい。
こんなに思いをするくらいなら、最初から生まれて来ない方が良かった。そうすれば両親だって、こんなに泣かせずに済んだだろう。
(皆と同じ様に生きたかった。それだけなのに…なんで俺だけこんな体に……ただ生きたいだけなのに……)
俺の目から、涙が流れ落ちた。泣きたくはないのに、次から次から涙が溢れて俺の視界を滲ませる。
(神様は不公平だ…)

両親への手紙を折り畳んで、俺はもう一枚紙を取り出した。これは10年後のヒジリへの手紙…伝えたい事が有るのに、手が思う通りに動いてくれない。
ヒジリが退院してからずっと、俺の胸には鈍い痛みが走っている。それが病気の痛みなのか…心の痛みなのか…よく分からない。
(神様…もう一度…もう一度だけて良いから…俺をヒジリに会わせてよ……)
ヒジリの笑い声が俺の耳に残ってる。目を閉じればいつだって、あの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。それなのに…もう二度と会えないかも知れないなんて残酷だ。
(生きられないのなら…せめて…最後にもう一度…ヒジリに会いたい……)


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