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記憶のきみ
【青春 恋愛小説】

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記憶のきみ10-4

三十分ほどで灰慈の家に着いた。
タクシーを降りると、すぐにマンションの階段を駆け上り、一番奥のドアまで走った。息を切らしながらドアの前に立ち、迷わずチャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
「………は?」
「はぁ…はぁっ…彼女はいないのね……話しやすいわ」
「彼女やないって」
灰慈は苦笑いしながら、くわえていたタバコを消した。
「なんか知らんけど、立ち話もなんやし上がりぃ」
「………ええ、上がらせてもらうわ」
優しくドアを閉める。

「……で、なんやねん。今も講義あってるんちゃうん?」
灰慈はコーヒーカップををテーブルの上に置くと、ソファーに腰掛けた。由貴はテーブルの反対側に座っている。
「灰慈くん、彼女とはどうなの?」
「……なんやねん、瞬と青空に聞いてへんの?」
「聞いてるわよ。その高田って人のことも」
「………」
灰慈は高そうなジッポでタバコに火をつけた。
「昔のこと、忘れたんだ?」
「……忘れてへん」
「じゃあなんで」
「せやから聞いてないん?あいつは話を聞いてくれたんや」
「それだけでしょう?」
「………」
由貴の攻撃が始まった。
「そんなことくらいで元サヤに戻るのね」
「………せやから」
「前々から軽いとは思っていたけど、そこまでなんて思わなかったわ」
「………」
「あたしときみは、同類だと思ってた」
突如、空気が重くなる。
「………」
「いつも臆病で……一歩出遅れて……」
「……同じや」
「悦乃が瞬しか見ていないこと、瞬が悦乃しか見ていないことはわかってる」
「………由貴ちゃん」
「あたしがグズグズしてるから…もう間に合わないってわかってる」
「……俺は葵ちゃんの異変に気付けへんかった。いつも見てた俺が気付けへんで、見てない青空はすぐ気付いた。その時点で出遅れてんな」
「あんた、本当どんくさいわね」
「ええ!?いきなり?」
「……でも、きみと協力すればコンプレックスも解消できるかもね」
「……似たもん同士、話し合えばええアイデアが出そうやな」
二人は声を揃えて笑った。
「でもな、由貴ちゃん」
「……え?」
「俺は軽かないで」
「………」
「めっちゃ一途やねんな」
「知らないわよ」
灰慈はケラケラと笑った。
すると突然、玄関でガタガタと物音がした。
「灰慈!ご飯作りに来た………よ」
高田は食材の入ったスーパーの袋を落とした。
由貴をじっと見つめている。
「………どうも」
「誰よ、その女」
高田は表情がみるみるうちに険しくなっていく。
「あ、ああ、この人は…」
「あたし?あたしは灰慈の彼女」
灰慈が言い切る前に由貴は言った。
「………え」
高田は激しく驚いた。だが、もちろん驚いたのは灰慈も同じだった。
灰慈は、とっさに首を振り、由貴にアイコンタクトを送る。
しかし、由貴はパチッとウインクで返した。
「………っ」
そのとき、灰慈の胸は疼いた。
「……せ、せや、俺の彼女」
「………うそ」
高田は涙目になっている。
「あんた、灰慈のなにをわかってんの?彼はこう見えて、弱いんだから。あたしみたいな女が支えてあげないといけないのよ」
「由貴…ちゃん」
高田は悔しそうな顔で由貴を睨む。


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