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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-4

『……

 甲子園の夏は、熱い。
 久世高校のエース“陸奥大和”は、その焼けつくマウンドに立つと空を見上げた。まるで自分を待っていたかのように、晴れやかで爽快な青色がそこにはある。
(やっぱり、“ここ”は最高だな―――)
 昨年、旋風を巻き起こした時は無我夢中で、あまり感じることのできなかった余裕が今日はあった。エースナンバーを背負っているから、彼も昨年より大きく成長している。
 1年生のとき、補欠番号をつけながら連戦連投連勝を重ね、チームを準優勝にまで導いた大和は、その甘いマスクとあわせて“甲子園の恋人”という愛称がつき、絶大な人気もあった。もちろんそれは今年も健在で、甲子園に出場が決まったとき、マスコミを始め全国のありとあらゆるところから熱烈な追っかけが、彼の高校にまで押しかけたほどだ。
 アイドル。彼は正にそうだ。
 しかし大和は、“アイドル”の名が示す通り何かの偶像のようにおだてあげられても、決して慢心をせず、懸命かつ真剣に野球に汗を流してきた。その結果が、激戦区といわれる大和の高校がある地区での二年連続予選大会優勝であり、この甲子園のマウンドなのである。
 スタンドは満員だ。“10年に1度の逸材”と騒ぐプロ野球のスカウト、絵になる彼の一挙一動を追いかけるマスコミ、甘いマスクに酔いしれた黄色い声援の持ち主たち…。それぞれが、試合の始まる前から甲子園の至るところを埋め尽くしている。
 だが、大和の心はそこにはない。ようやく再会できた、甲子園のマウンドに意識の全てが注がれていた。
(今年こそ、僕にとって本当の甲子園なんだ)
 エースナンバーを背に、チームの中心選手として帰ってきた甲子園。頼もしい先輩たちに助けられ、真っ白なまま勝ち試合を重ね、いつのまにか“アイドル”と呼ばれ、決勝まで勝ち進んだ去年とは、思い入れも気合の入り方も全く違う。
「プレイボール!」
 審判の手があがり、それに従うように大和はプレートを踏みしめる。まるで、そこに立つことが前世からの決まりであったかのように、脚にしっくりと来た。
(僕は、帰ってきた)
 大きく振りかぶり、高く足を掲げ、柔らかいモーションから鋭く唸りをあげる右腕。今、大和は甲子園の空気と一体になっていた。

 ―――――ピシッ…

 と、何かが欠ける音が、ボールをリリースする寸前に肘から響くまでは…。
「!」
 大和の指から零れたボールは、力なくマウンドから転がり落ちていた。
 瞬間、歓声に包まれていた甲子園の空気が凍りつき、静寂が時を支配する。
「―――――……!」
 その中心で大和は、信じられないほどの激痛が走る右腕を抱えてマウンドに蹲った。
……』


「はぁ……」
 大和は、ため息ばかりだ。
 人生の中でも数少ない幸せで満たされていた時間は、肘の故障と同時に終わった。再婚相手との不仲に疲れ、持ち前の陽気さを失っていた母親も、大和が高校野球で活躍していたときは昔のような快活さを取り戻して、地元の主婦会で応援団を組織するなど騒いでいたのに…。
 全てが好転し始めていたように見えた“流れ”は、肘の故障で大和が野球から遠ざかり、いつのまにかその存在を世間に忘れられたことで完全に消え去ったように思う。


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