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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第16話-39

「わたし……わたし、こわかった……!」
「………」
「わたしを、助けてくれた貴方が、いつか、わたしを、置いていくんじゃないかって、こわかった……!」
 気持ちを告げられて、その身を許して、何度身体を重ね合わせても、葵には自信が持てなかった。自分の心身の不調のことがあるから、誠治はそれを理由に、自分の側にいてくれるのだという想いが、どうしても拭えなかった。
「だから、心の隅で、わたし、自分が治らなかったら、いいのにって、きっと、思ってたの……!」
 今年度の始めに、“過去との邂逅”によって、葵の情緒が乱れたとき、誠治はいちだんと優しく、そして、慈愛に満ちた存在になった。それでも、心の距離をどうしても、葵は感じてしまった。
「でも、最近の葵は、そうじゃなくなったよね。いろんなことが、良くなっていると、僕は思う」
「誠治が……わたしを、呼んでくれるようになったから……」
「名前だけで?」
「うん……!」
「そうか……」
 自分の言葉遣いが、知らず、葵に対する“壁”になっていたのだと、誠治は思い知った。やはり、名前を呼びつけるということは、女の子にとって特別な想いがあるのだと、今ここに確信した。
「葵」
「ああ……誠治……!」
 名前を呼ばれ、たまらなくなったように、葵が誠治の胸に飛び込んだ。
 その身体を受け止め、わずかに存在する往来の視線も省みず、誠治は葵を優しく抱き締めた。
「美野里姉さんに、会ってくれるよね」
「はい……わたし、で、よければ……」
「ふふ。何度も言うけど、葵じゃないと、ダメだからさ」
「誠治……」
「あと、葵も、これからは“そのまま”でよろしく」
「え……?」
「“さん”づけはさ、もう、やめにしよう。あと、“です・ます”もさ」
「あっ……」
 葵は、自分が誠治のことを呼びつけていたことに、気がついたようだ。
「で、でも、誠治……さんのほうが、ひとつ上だし……」
「二人きりのときなら、構わないさ」
「誠治、さん……」
「はい、やり直し」
「……誠治」
 促されて、葵は、ようやく自分の意思で、誠治のことを名だけで呼んだ。
「うん。やっぱり、違うね」
「そ、そう……なの?」
 “です・ます”が出そうになって、葵はがんばって語尾を直した。そんな健気なところも、誠治が葵に惚れた理由のひとつだ。
「葵が、本当に“近く”に来てくれた気がする」
「誠治……」
 お互いを抱き締める腕に力を込めて、二人は静かに時を分けあった。心の底から、分かち合った。

 ぐううぅぅぅぅ……

「………」
「………」
 葵の“腹の虫”が、盛大になるまでは…。
「ふふっ、本当に、葵は可愛いよね。美人なのに、実はいろいろ隙だらけでさ」
「も、もう、誠治のばかっ」
 これまでの葵なら、絶対に出なかった軽口だ。“ホテル”にいたときは、雰囲気に乗せられて似たようなことも言っていたが、普段の生活の中でも、こういうやり取りができる関係は、“依存”や“恋愛”だけでは、成り立たないものである。相手のことを受け止め思いやる“信頼”の心がなければ…。
「それじゃあ、あらためて。モーニングができるところを、探しにいこう」

 ぐぅ…

「ははっ、お腹で、返事してくれたね」
「やだ、もうっ! 誠治のいじわる!」
 “超克”を果たしたことで、何処か吹っ切れた様子の葵に、誠治は、可笑しさが止まらない。
「さ、葵、手を」
「あ、誠治……」
 そんな愛しい人の手を力強く引いて、爽快な朝の町並みを歩き出して行った。
(美野里姉さん、どんな顔をするかな?)
 まずはやっぱり、“無沙汰”をめいっぱい叱られるだろう。それは、仕方ないし、受け止めなければならない。それだけの心配をかけてしまった、自覚もある。
 誠治がまずは相対することになる“姉・美野里”という“壁”は、しかし、葵と一緒であるのなら、笑顔で乗り越えられる自信が誠治にはあった。
 そして、姉のことだけに限らず、全てのことにおいて、これからも現れるであろう様々な“困難”が、しかし誠治には、何の“脅威”にも、“負担”にさえも、感じなかった。
(葵が、そばにいる。それだけで、僕は、なんにでもなれる)
 誠治の魂に宿ったその“強さ”は、“超克”を果たした者だけが持ち得る、なにものにも屈することのない、絶対無二の“無形の力”であった…。




 −続−




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