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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-211

 “このままだと、当たる!”

 瞬時にそう判断した大和は、スイングを止めて腰を引いた。
「ボール!」
 制球ミスを疑わせるほどに、それはストライクゾーンを外れていたのだ。身体の近くをボールが通ったので、大和は僅かに肝を冷やした。
(なんだろう? 滑ったのかな?)
 マウンドを見れば、晶は足元にあるロージンバックを左手ではためかせている。指を滑らせたことで、リリースを失敗したのかもしれない。
 ともかくこれで、ツーストライク・スリーボールのフルカウントになった。
 決め球を外しただけに、バッテリーの落胆は大きいはずだ。慎重なぐらいに、外側への球筋を見せて、勝負の布石を打っておきながら、肝心の“クロス・ファイヤー”が外れてしまったのだから…。
 同じコースで同じボールを続ける危うさは、大和もよく知っている。熟練された趣のあるこのバッテリーが、その愚を冒すとは到底思えない。
 しかし、万が一もある。外と内の意識を、七割と三割に想定して大和は投球を待った。
 そして、仕切りなおしの勝負球…。
「!」
 それはまたしても、インコースに来た。
 刹那、大和のバットは自然に、クロス・ファイヤーに対して正確なタイミングを測ったスイングを始動していた。バネを利かせ、溜め込んだ力が反発して弾けた、鋭い一振りである。
(えっ……)
 しかし、ボールが思ったほど来ない。途中からブレーキのかかった球筋は、強烈なベクトルを有する大和のバットを避けるように、沈み込む軌跡を描いていた。
(くっ…!)
 軸足に重心を残して、スイングの軌道をなんとか修正しようとする。しかし、クロス・ファイヤーにアジャストさせた強いスイングは、いくら粘りのある大和の足腰をもってしても、充分な修正を可能にしなかった。

 ギン…!

 鈍い音を残して、打球が舞い上がる。角度的にはいい弧を描いていたが、伸びと勢いは何もなかった。なにしろ、手応えが悪すぎる。
「アウト!」
 定位置から数歩前進して、左翼手がその打球を掴んだ。平凡この上ないライトフライであった。
(チェンジアップか…)
 完全に、意識から抜け落ちていた球種である。知っていたはずなのに、クロス・ファイヤーに意識を向けすぎて、失念してしまっていた。
(あれは、制球ミスでもなんでもなかったのか…)
 5球目の、内側に外れたクロス・ファイヤー。それが、大和を打ち取るための最後の布石だったとすれば、このバッテリーは老獪である。内側の厳しいところを攻め立てて、気分を煽ってからひらりとかわす…。
「やられたよ」
 バッテリーの思惑に、完全に嵌められたようだ。この打席での完敗は、認めなくてはならない。
「ストレートで押してくるかと思ったけど、違うみたいだね」
「そうなんだ。うーん……」
 桜子は、直球にはめっぽう強いが、変化球にはすこぶる弱い。
「どうしたらいいの?」
 晶が緩急を積極的に使うと聞かされた桜子は、困ったような顔つきですがる。
「角度をつけて内側を攻めるストレート…“クロス・ファイヤー”っていうんだけど、追い込む前には1球必ず投げてくる。狙うなら、それだろうな」
「追い込まれる前に、打てってこと?」
「仕掛けるなら、早いほうがいいと思う」
「うん、やってみる。ありがとう」
「かなり体に近いところ来るから、当たらないように気をつけて」
「うん!」
 自分のことを気遣ってくれたのが嬉しかったようで、打席に向かう桜子の機嫌はすこぶる良かった。
(それにしても…)
 言いように打ち取られた悔しさが、こみ上げてくる。それだけ手応えのある相手だということを、今更ながらに大和は思い知らされたのだった。


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