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エス
【純愛 恋愛小説】

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エム-3

「ごめん。今日眼科」

百合はそれを聞くとほんの一瞬だけ残念そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔で頷き、手を振った。

「いいよ。またね。夜、メールする。今日は部活に出る事にするよ」

百合はそういって踵を返して教室から出て行った。美術室へ向かって。
その様子を黙って見ていた友人の一人がため息をついた。

「百合ちゃん可愛いよなー。……残念だな、今日百合ちゃんも入れてみんなでカラオケってさ、思って。割引券が今日までなんだよ」

ポケットからくしゃくしゃになったそれを出す。
隣に立つもう一人もうんうんと頷いた。

「わりーな。眼科は、ほら、行かなきゃなんねーから」

二人はしょうがないと諦め、俺達は三人で下駄箱へ向かった。



高校の最寄駅から電車を乗り換えて30分かかるところにその眼科はある。
ひっそりと佇むビルの3階。
看板も何も無く、完全予約制で口コミで患者が増えたらしい。
らしい、とつけるのは、予約制のせいなのか俺は俺以外の患者が入るところも出るところも見たことがない。

一度母親にそれを尋ねると、それでもあそこの先生は名医なのだから、とそう短い答えで片付けられた。
まぁ、それでも仕方ないと思うのは、俺の目がやはり普通とは違うからだろう。

階段を上り、上野眼科医院と書かれたドアを開ける。
中は明るく、病院独特のアルコールが混じったにおいがした。

「こんにちは」

受付の顔なじみの看護婦が俺の顔を見て挨拶をする。俺もそれにつられて同じように返し、診察券を出した。

「先生、もうお待ちですよ」

カウンターから出て、診察室と書かれたドアを開ける。
中にはこれまた顔なじみの先生がにっこりと微笑みかけた。
初老の先生は、男で、厳しい事も言わず、幼い頃から笑顔だけは全然変わらなかった。頭は大分寂しくなったけれど。

「こんにちは」

挨拶をしてから椅子に座る。
先生はカルテを広げてからデスクの上のライトをつけた。

「調子はどうかな」

いつもの質問。

「変わりないです。視力も落ちてないようだし」

うん、とひとつ頷き、先生はカルテにボールペンを走らせた。
その後何個か質問を繰り返し、その度にボールペンは黒い文字を描く。
カルテは英語だかドイツ語だか分からない文字で書かれ、あっという間に半ページ埋まった。

「じゃあ少し見ようか」

顎を乗せる台がついている眼科用の台が側から引っ張られ俺の前に置かれた。
その上に顎を乗せ、額をつけると高さを調節され、ライトが当たる俺の瞳をゆっくり片方ずつ先生はレンズを通して見つめていた。


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