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パルティータ
【SM 官能小説】

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パルティータ(後編)-4

…………

男はスーツケースを売る仕事をしていた遠い昔の頃のことを思い出す。いや、正確にはスーツケースを売るのではなく、ケースに閉じ込め、持ち去り、この家の地下室にある檻に監禁する女を探していた。ただ、そういう彼の欲望にふさわしい女はなかなか見つからなかった。
顔がないのに、記憶の中だけに顔を描ける女。そんな女の唇を男の舌でなぞりながら開かせ、舌先を羅列された白い歯に這わせ、唾液を捏(こ)ね、女の中にあるストーリーを啜ることができる女。
男は自らの記憶の果てを彷徨(さまよ)っていた。かつて誰かを監禁した記憶の辺境を。その女が誰なのかは思い出せなかった。意識の中の檻にはその女の体温を今でも感じている。それはおそらく少女の体温だった。そして《少女を監禁した記憶》が彼に無上の陶酔に至らしめる禁欲を彼に与えたのかもしれない……男はそう思うようになっていた。

あのとき男はひとりの女を見つけた。その女はスーツケースに入れて持ち帰るべき女だったかもしれないという記憶は、男と女の距離と過ぎ去った時間を甦らせる。その女を監禁したいという欲望は、男がその女を自分のものとしてストーリーを描き、至福の禁欲を得たいという欲望にほかならなかった。

男はふたたび女に電話をかけた。彼を知っている、彼の中にある言葉を知っている、そして彼が自分の中にストーリーを描ける女だと男は思っている。
呼び出し音が数回続いたあと、電話の先から女の声が聞こえたような気がした。いや、実際は電話から女の声は何も聞こえていなかった。通話状態にあるのに電話の先は沈黙に包まれていた。女は確かに男の声を聞いている。その沈黙に男は女の気配だけを感じた。男は女の沈黙がある種の媚薬だと思った。媚薬は彼に甘美な禁欲を強いた。そしてその沈黙は、彼の欲望を削ぎ、不能に導いた。それは彼女に対するストーリーが導いた夢想の禁欲だった。そういう意味で彼が感じた禁欲はとても性的なものだった。そして彼が甘い禁欲に浸りかけた瞬間、電話は男を拒むように一方的に切れた。

昨夜も女の夢を見た。ただ夢の中の女がスーツケースで持ち帰るべき女だったのかはわからない。その夢の女は、もしかしたらあの少女だったかもしれないとふと男は思った。そして《男が監禁した少女は、ほんとうは別れた妻》だったかもしれない………そう結びつけることに彼は不思議に違和感をいだかなかった。

窓ガラスの外で降りはじめた雨の音がする。空気の希薄さが男を息苦しくする。彼の中から切り取られた女の影が遠くで彼を笑っているような気がした。
男は目を閉じた。太腿から這い上がる微熱が下腹部のものを堅くしている。その性的な感覚は鈍い重苦しさを彼に含ませていく。誰なのかわからない女に対する夢の感覚。それはその女に挿入する感覚ではなく、挿入を強いられる感覚だった。
女の気配が細く長く、鋭く尖り、まるでカテーテルの針のようにペニスの尿口に射し込まれ、甘い媚薬が注入される。ペニスは麻痺し、萎びていくのに揺れ動く性の感覚だけが瑞々しく冴え、彼女を烈しく求めていた。ゆらゆらと伸びた女の髪が、ガラスの破片のような指爪が、女のハイヒールの鋭く尖った踵が、そして女の愛おしい気配が彼のペニスを夢の中で犯していた。彼の中がえぐられ、穿たれ、女に対して射精を強いられる感覚が男の肉体を烈しく震わせた。

――― おまえが監禁した女は、すでに奪われている………

どこかで誰かが男に囁いたような気がした。男ははっとして窓の方を振り向いた。窓ガラスに鳴る雨音に混じって、カチカチと時計の音だけが耳鳴りのように鮮明に聞こえてくる。それはまぎれもなく彼の記憶を少しずつ滲み出させる静寂に違いなかった。
誰かの声が耳鳴りのように響き続けている。その声の余韻は彼に何かを思い出させようとしていた。それは監禁した女がいなくなった空(カラ)の檻だった。
その檻を感じたとき、男のものだったはずの女は誰かに奪われたのかもしれない……そう思った。ある種の喪失感が屍衣(しい)のように彼を包み込んでくる。それが男を性的なものへと高揚させていることが不思議だった。自らが、女がいなくなった檻に監禁され、喪失したものに射精を強いられている感覚。男と離れたところで、《ほんとうの記憶》が像をなそうとしている。記憶はストーリーを描いていく。男の中にある確かな女のストーリーを……。


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