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パルティータ
【SM 官能小説】

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パルティータ(後編)-1

男は奇妙な夢を見た………。

 呼び鈴を鳴らしても返事はなかった。その家は、男が別れた妻が暮らしている家のはずだった。家の中から返事はなかった。彼はそのまま帰ろうかと思ったが、扉に差し込んだ鍵はまだ使えた。すでに自分の家ではないところに勝手に入り込むことに戸惑いを感じたが、それでもまだ自分の居場所の気配が残っているようにも思えた彼は、玄関扉を開けて中に入る。
 家の中には何もなかった。家具も調度品も、もちろん妻の下着も化粧品も。彼は唖然としてその場に佇んだ。引っ越すわけがない。なぜなら、この家はもともと妻の亡き父親が彼女に与えたものだから。妻宛てのいくつのかのダイレクトメールがキッチンに置いてある。妻の気配が微かに残っていた。まだ妻はこの家に出入りをしているのだと彼は思った。

 黄昏の色彩を薄めるようにあたりは薄暗くなっていた。戸建ての家が並ぶ閑静な住宅街にある家の外に出ると、白髪の老人が犬を連れて歩いていた。黒縁の眼鏡をかけた神経質そうな四角い顔の表情から、おそらく八十歳を少し超えたくらいの年齢だろうか。このあたりでは見かけたことのない老人だった。少なくとも彼と妻がここで暮らしていたときの隣人ではなかった。

彼は妻の家の前を通り過ぎるその老人に声をかけた。
「あの、ここに住んでいた女性は引越しをしたのでしょうか」
 老人は眼鏡の中の窪んだ眼を微かに蠢かしたが表情を変えることなく言った。「いえ、ここに住んでいた女性は、私がオークションで買いました。今、私の家におります」
 えっ、あなたが妻を買ったって………彼は老人の言葉の意味が理解できなかった。
「あなたは彼女のお知り合いか何かでしょうか」と老人は表情を変えることなく言った。
「え、いえ………」
それ以上の彼の言葉に関心がないような顔をした老人は、犬の首輪を整えながら言った。
「私はこれから愛犬の散歩にでかけますので失礼します」
そう言って老人は黄昏の路地に消えていった。
 
そこで夢が途切れ、次の夢の映像は、家の玄関から出かけようとしている妻の姿だった。その場所はやはり妻の家だった。
「どちら様だったでしょうか……」と妻はあかの他人のように彼を見つめ、よそよそしく言った。以前とは違った声に聞こえたが、何よりも彼女の化粧のやり方も着ている服も何もかもが違っていた。まるで別人のような妻の姿だった。
 薄化粧だった顔は厚めの化粧に変わり、口紅の色も微妙に変わっていた。以前は短かった髪も背中まで長く伸ばし、下着の中の乳首のふくらみまでも透けて見えるほどの刺繍の入ったシースルーの黒いドレスは、まるでこれから夜の街で仕事をする娼婦が着る衣装のように見えた。そして何よりも首輪のようなベルト状のチョーカーには誰かのイニシャルが刻まれたアクセサリーが付いていた。
「いったいどういうことなんだ」と彼は妻に向って言った。
「どういうことっておっしゃいますと………」彼女は不思議そうに言った。
「きみがあの老人に買われたってこと。それにそんな格好でこれからいったいどこに行くんだ」彼は、微かな苛立ちを感じながら言った。
「あら、わたしが誰に買われようと、どんな格好で、どこに行こうと、わたしが知らないあなたにとやかく言われることはないと思いますが。あなたはどなたか別の方と勘違いされているのではありませんか」と妻は冷ややかに言った、
 妻はほんとうに彼のことを、夫の顔を、忘れているような表情を見せていた。
「きみは、ぼくの妻だったはずだ……」彼の声はとても小さく響いたような気がした。
 彼女は不思議そうな顔をし、あらためて言葉を見つけたように言った。
「わたしは、ご主人様に買われた身なのですが……」
 妻が言ったご主人様と言う言葉が奇妙な響きを彼にもたらした。
「買われたって、どういうことなんだ」
「わたしがご主人様に所有されているということですわ」と、妻は首に付いたアクセサリーのイニシャルを指でなぞり、まるで催眠術にかけられたように抑揚のない声でさらりと言った。

 なぜ、そうしたのか自分でもわからなかった。気がついたときには、彼の手が彼女の胸にあてられていた。彼女はその手を拒むことなく、表情ひとつ変えることはなかった。妻の胸はとても柔らかだった。懐かしさよりも、別の女性の胸に触れているような気がした。
彼は妻を抱き寄せ、キスをした。不意の彼のキスに妻は動じることなく、かといって嫌がる表情を見せることなく、まるでひとり言のようにつぶやいた。
「意味のないキスがあなたはお好きなのですね………」と妻は初めて笑った。

 家の前の道で白い車が止まった。妻は車に視線を向けながら言った。「わたしを買ったご主人様が迎えに来られました」
冷ややかに言い放たれた妻の言葉は、彼が妻にとって何の関係もない人間だということを突きつけていた。戸惑った彼は次に口にする言葉がなかった。
「もう行かないといけません」と妻は言った。
 車の運転席から男が降りて来た。灰色のスーツに身を包んだ男は家の前で犬を連れた白髪の老人だった。黒縁の眼鏡をした老人は薄らとした笑みをこちらに見せて、ゆっくりと助手席の扉を開いた。
「あの方が、わたしを買ったご主人様ですわ」と妻は言うと、老人の視線に引き寄せられるように玄関先の階段を降りて行った。剥き出しになった背中の翳りはあまりに艶めかしく、ドレスの裾を揺らして踏み鳴らすハイヒールの音も、細い足首の動きも、彼がこれまで見たこともない美しい妻の歩き方だった。
 妻を迎えた老人は彼女の腰に手をまわし、寄り添うようにして助手席へと妻を導いた。そして老人は男の方ににっこりと笑みを投げかけると、運転席に乗り込み、車は彼の目の前から去っていった。


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