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花屑(はなくず)
【SM 官能小説】

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花屑(はなくず)-12

――― 倉橋潤一郎 先生へ

 こういう結果になることをぼくはけっして予感してわけではありません。でもぼくは今のそういう自分の現実を受け入れないといけないのです。先生もおわかりだと思います。ぼくが先生をとても愛していたことを。そしてぼくは先生の才能に嫉妬し、悩み、先生を愛し過ぎたゆえにあなたを憎みはじめていたのかもしれません。原因はわかっています。先生がぼくの彫像の創作をやりながら、密かにあの顔のない裸婦像を創ろうとしていたことです。ぼくは失望しました。先生がぼくを目の前にしてぼくの彫像の創作に向ける視線は、甘美な旋律のような快感であり、先生が何よりもぼくだけのものであり、ぼくの中だけに実現されていくという蜜月の時間でした。でも先生は同時にあの裸婦像を創作されようとしていました。ぼくは先生が密かに描いていた、ぼくと裸婦像が重ねられたデッサンを盗み見たのです。そこにはぼくが裸婦像の足元に跪き、女の尻にキスをしている姿が描かれていました。それはぼくにとってとても屈辱的な姿でした。そのときぼくは、あの裸婦像に対しての先生自身の欲望の具現化としてぼくが描かれていることを知りました。ぼくの不在、先生を愛するぼくの不在でした。そして何よりもあの裸婦像を先生が欲望するためにぼくの彫像が造られているということでした。そのことを知ったぼくは胸を掻き毟るような失望に襲われたのです。
しばらく眠れない夜が続きました。ぼくの心と肉体が薄明の中で閉ざされ、蒼ざめていくのを感じました。おそらくそのときからぼくは死ぬことを考えていたのだと思います。なぜなら先生に裏切られたぼくは、ぼく自身の意味を失ったのですから。

でもその女性との出会いは偶然であるのに、必然のような気がしました。あるとき街の雑踏の中で見かけたその女性は、明らかにぼくの視線を、ぼくの肉体を、微かに疼かせたのです。ぼくはこれまで一度として異性に対して、心も体も揺らいだことはありませんでしたが、その女性は明らかに違っていました。なぜならぼくはその女性にあの裸婦像を想い起こしたからです。そしてぼくは、その女性と特別な関係をもったのです。いや、そういう関係を持つことができる女性でした。
彼女は、ぼくが跪いてお尻にキスをするのに、ぼくを痛めつけてくれるのに、そして何よりもあの裸婦像をぼくの中に描かせてくれるのにふさわしい女性でした。ぼくはあることを考えました。先生がぼくと裸婦像を完成させる前に、《ぼくがすでに完成している肉体》であることを先生に知らしめることです。それは先生のぼくに対する裏切りへのぼくの意図的な復讐でもあったのです。
ぼくはその女性によって自分の肉体がどう完成されるべきか考えました。いや、それは先生があの裸婦像に描こうとしている先生自身の性愛とも言える寓意がどう表現されるべきなのかということなのです。それは彼女への隷属と、彼女から与えられる肉体の苦痛からもたらされる至福ともいえる性愛の情感なのです。
ぼくはその女性の前で跪き、隷属の意思を捧げ、彼女に烈しく鞭打たれました。女性に肉体を虐げられること、彼女が与える苦痛を肉体に刻むこと、そのことによって彼女と究極の調和に自分の肉体を至らしめることがぼくの肉体を完成させることなのです。そして先生はぼくが意図したとおり、ぼくの肉体に刻まれた痛々しい鞭の痕が孕んだ甘美な肉の情感に気がついたのです。先生が描こうとしている、寓意としてのぼくの彫像がどう完成されなければならないか、その答えはぼくの肉体と意識の中だけに封印されたのです。それは先生の肉体が永遠に不完全なままであるということを示しているのです。

永遠……そうです、永遠なのです。なぜならぼくはこの世からいなくなるのですから。この遺書を車の中で書き終えたぼくは、谷間にある暗い緑青色の湖に面した岩場の先端に全裸で立つことになります。仄かな黎明の光をたたえた湖は、まわりの樹木のから散った桜の花びらで彩られ、ぼくの生まれたままの肉体を飲み込もうとしているのです。そしてぼくは、先生の不完全な肉体をぼくの中に閉じ込めたまま湖の中に身を投げるのです。ぼくを失った先生は、ぼくの彫像とあの顔のない裸婦像を永遠に完成させることはできません。すべてがぼくの肉体のなかだけに封印されているのですから。

二○二×年 四月×日 あなたを誰よりも愛した……より




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