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花屑(はなくず)
【SM 官能小説】

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花屑(はなくず)-13

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エピローグ………

下町の路地裏にある店の窓のすきまから、夜風に溶けた花の香りが漂ってくる。それは散った桜の花びらの匂いのような気がした。わたしは花屑の香りを胸いっぱい吸い込み、いつものように濃艶な闇に包まれた小さな坪庭の風景を眺める。
暖簾を下ろした店の深夜のカウンターにいる舞子さんと並んで座っているわたしは、長い話を終え、煙草を深く吸った。窓の外の漆黒の闇のなかにどこからともなく風が、ゆるやかに頬を撫でていく。
ときどき店を訪れる舞子さんは、この時期に店の坪庭にある夜桜の花びらが、微かな風に流れるように散っていき、花屑となって庭を覆っていく憧憬をとても気に入っている。
「つまらない話だったわね。でも、この花屑の風景には、なぜかいつまでもあの人の記憶が滲み入っているような気がするの。不思議な人だったわ」と言いながら、わたしは吸い込んだ煙草の煙を、倉橋という男の記憶を宙に描くように吐いた。
舞子さんは、ネットのサイトに投稿小説を書いているらしいが、わたしはまだ彼女の小説を読んだことがない。次の小説は、この店の名前にちなんで『花屑』という題で書いているらしい。どんな小説なのか、わたしはぜひ読んでみたいことを彼女に伝える。

三年前、倉橋が息を引き取ったことを知人から聞いた。知人が送ってくれた週刊誌が小さな記事として彼の死を告げていた。著名な彫刻家の死にしてはあまりにひっそりとした記事だった。記事の末尾に、未完だった裸婦像の顔が仕上げられ、倉橋の遺作として美術館に再展示されたことを伝えていた。

この店を開いてからどれほどになるだろうか。わたしはそろそろ店を閉める潮どきだということを考えていた。
一か月前の夜、ひっそりと静まり返った通りに面するわたしの店の前で倉橋の幻影を見たような気がした。朧な彼がひとり佇み、どこからともなく聞こえてくる花屑のかさかさとした音が月の光を孕みながら倉橋の横顔に纏わりつき、降り積もる雪のように舞っていた。
物憂く溶けていく倉橋の幻影に、わたしはあの頃の自分の姿を垣間見たような気がした。彼がわたしにいだいていた異質の性愛への想い………その酷薄なほど怜悧(れいり)な性の幻影にわたしは今もまだ翻弄されている。
もしかしたら倉橋を愛していたのではないかと、ふと思うことがある。いや、彼を愛そうと思いながらも、逆にあまりに彼の狂わしい欲情に呪縛され、翻弄され、虚ろな喘ぎを繰り返してきたような気さえする。そして、彼がいだいたものに隷属することで、わたしは今もまだ自分が知らない、自分の中に潜む性愛の意味を見出そうともがきつづけている。そしてその性愛は、未完であるからこそ永遠に求め合うことができるとも思っている。
わたしは舞子さんと、次の日曜日に、あの青年の彫像と裸婦像を見るために美術館を訪れる約束をした。


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