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Sorcery doll (ソーサリー・ドール)
【ファンタジー 官能小説】

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リーフェンシュタールの結婚(後編)-3


「エマ、床で寝てるレチェの前に、小袋の中身を落として」

意味がわからないが、リヒター伯爵がエマにうなずいて、ヘレーネの指示に従い小袋を軽くふって、床に白い小さな石のかけらがレチェの目の前に転がった。
ピクッとレチェが耳を動かし、目を開くと、いきなり身を起こして前足で石のかけらを踏んだ。
喉をゴロゴロと鳴らしたあと、前足をどけて、レチェが石のかけらを舐め取り、食べてしまった。

リーフェンシュタールが、ひとつ大きくため息をついた。

「終わったのか?」
「ええ、貴方にも少しはわかったのね」

レチェが食べてしまった白い小石のかけらの正体をヘレーネから聞かされて、全員がレチェを見つめた。
レチェは全員に見つめられて、床にすわったまま小首をかしげると、前足で顔を洗うように毛づくろいを始めた。

白い小石のかけらの正体。
焼かれた人骨のかけらであった。

「エマ、これをどこで手に入れたの?」
「これは御守りだと伯爵様から」
「父上、なぜ、こんな怪しげなものを、エマに贈ったのですか?」

リーフェンシュタールが、エマとリヒター伯爵に質問した。

「……人骨だと知らなかったのだ」
「伯爵様、あれは火炙りにされた人、それも生きたまま焼かれた人の骨。レチェが、美味しそうに喉を鳴らしていましたから、かなり強い怨念がこもっていたと思われます」

リヒター伯爵は、ブラウエル伯爵領へ招かれた。ローマン王からブラウエル伯爵が、ゼルキス王国に辺境の分割交渉で優位に立つため、今から軍隊を組織して交渉時に引き連れて行く準備を進める要請があり、リヒター伯爵にも協力を求めるというブラウエル伯爵からの相談があった。その時、リーフェンシュタールも同行していたので記憶にあった。

「エマがこの邸宅に来て、まだ半年ほどの頃だ。その時、あれを受け取ったのですね」
「そうだ。たしか名前は……ダミアンと言っていた。エマ、その名前に覚えはないか?」
「ダミアン。幼なじみの男の子にそんな名前の子がいました。好きだと告白されましたが、しつこいので断ったことが……でも、呪いなんて」
「村人だったようだが、御守りだから、エマに渡してくれと言われておった。しかし、ブラウエル伯爵領からの旅から戻り荷物の中を探したが見つからなかったのだ。私が体調を崩し始めた頃になって部屋で見つかった。御守りと言っておったので、エマの身を護ってくれるかと思い手渡したのだ」
「伯爵様に骨を渡した、そのダミアンという人は、おそらくもう……。リーフェンシュタール様、小袋を見つめていましたが、何を感じましたか?」
「森だ。それに甘い匂い」
「そうですね。おそらく、辺境の森、そして甘い匂いは果実酒の匂いです」

辺境の森の村の焼け跡から拾われた骨。
それを、ダミアンというエマの幼なじみの男性は、呪詛の触媒だと知っていたのか、本当に御守りと信じていたのかはわからないが、エマがリヒター伯爵の邸宅にいることを知って、リヒター伯爵から怨みのこもった人骨を、エマに渡してほしいと頼んだ。

「しかし、私が故郷の村から、リヒター伯爵領へ訪れるてから、一度も村には帰っておりません。どうして、私が伯爵様の御屋敷にお世話になっていることを、どうして幼なじみのダミアンが知ることができたのでしょう?」

ヘレーネは、誰かが伯爵領の地脈を、リヒター伯爵を呪殺することで穢れさせようとしたのではないかと考えた。

「ダミアンは呪詛の身代わりにされたのでしょう。呪詛をかけて目的の相手が死んだ時、呪術を行った者も命を落とします。そこで、ダミアンに伯爵様へエマに呪物を渡すように仕向けた。伯爵様の御屋敷に、エマが仕えていることをダミアンに教え、伯爵様に渡せば、エマが村に帰ってくるとか、ダミアンに恋をするとか、言いくるめたのでしょう。ダミアンを呪いの代償を受ける身代わりにするには、ダミアンをリヒター伯爵領には、一歩も踏み入れさせたくなかった。ダミアンを身代わりにする呪術がリヒター伯爵領の浄化力で解けてしまえば、呪詛をかけた自分が死んでしまうことになるからです」

リヒター伯爵領は、ストラウク伯爵領の湖と山が障気を吸収してくれているので浄化されている。
しかし、そのリヒター伯爵領を穢すために、リヒター伯爵を蛇神の贄にしようとした。

「伯爵様、たしかにエマは呪われませんでしたね。しかし、残念なことに利用されてしまいました。でも、エマが深く悲しみながら祈るほどに、呪物の骨によって伯爵様への祟りが強まる見えない仕掛けは、レチェに骨が食べられたので、もう解けました。これで祟りの影響は、かなり弱まりました」
「祟りは消えぬのか?」
「過去に蛇神を信仰していた者をふくむ原住民を数多く殺して侵略した歴史がある限り祟りは消えません。過去の事実は消えませんから。しかし、伯爵様が命を落とすほど強い祟りは、この伯爵領に暮らしている限り受けません。また、伯爵様が、誰かに同情したりして呪物を持ち込んだりしなければですけどね」

ザイフェルトが、不思議そうに首をかしげて考え込んでいた。

「わからん。たしかに人骨があった。エマが心を込めて伯爵様のために祈っていた。だが、どうして祈っていると、伯爵様の体調が悪化する?」
「ザイフェルト、女性を泣かせたり、悲しませたりしないことね。女性の情念は深いだけじゃない。とてもこわいのよ」

蛇神の異界から出現した障気が引き起こす淫夢。その影響を受けていたのは、ランベール王だけではなかった。
しかし、ストラウク伯爵と山の巫女マリカの鎮めの儀式は、リヒター伯爵領の浄化という恩恵をもたらしていた。ヘレーネの連れている護りの聖獣レチェが呪物を喰らったので呪詛は解かれた。
リヒター伯爵が死亡して、遺体が異形のものに成り果てることは回避された。
異形のものが領民を襲い犠牲者が増えれば、さらに王国は穢されていただろう。


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