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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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人妻の浮気心 (1)-1

 慌ただしく人の行き交う喫茶店の奥まった席で、私はコーヒーカップを静かに置き、ひとつ咳払いした。
 なるべく重々しい雰囲気となるよう注意を払いつつ、ゆっくり切り出す。

「以上で、全部ですか?」
「………………」

 テーブルの対面で青ざめた顔をしている男はYである。すでにここ数ヶ月のゆきとの不倫について洗いざらい吐き出させた。ゆき本人やボイスレコーダーで得た情報を――そうとは悟られぬよう――ちらつかせれば、造作も無いことであった。
 無論、本題はこれからで、すなわち「以上で全部か」という問いには、まだ言うべきことがあるだろうという含みを持たせたつもりだ。はたして彼は、私の言外の意図を正しく察したようである。

「……まだ…………あります……」
「そうだよね。これですべてじゃないはず」
「はい……」

 つまらぬ嘘が通じる相手ではないとすでに観念した様子のYは、八年前のゆきとの関係について語り始めた。その内容は、覚悟はしていたが、想像を絶する生々しさであった。

  *

「最初は、職場の送別会の夜でした」

 送別される側に、翌月から海外赴任が決まっていたYも含まれていた。一次会、二次会と人数が減っていき、終電間際に駅へ向かうときにはゆきとYのふたりきりだったという。
「ゆきさんもそれなりに酔ってましたし、職場でも仲良かったですし、たぶん僕の気持ちにもゆきさん気がついていたかもしれません」
「そこでダメ元で二人だけの送別会に誘ったら断られました」
「結婚されてますし終電もありますし……まあ、当たり前ですよね」
 そう、人妻として当然のガードである。したり顔のYに若干イライラしていると「でも……」と彼が続けた。
「酔い覚ましにちょっと散歩しませんかと提案したんです。そしたら『いいよ』と……」

 終電までの三十分、二人は都会の公園を歩きながら他愛もない会話を楽しみ、ベンチに座りペットボトル飲料で「乾杯」した。どんな様子だったか聞く私にYは、「嫌がってはなかったと思います」と答え、遠慮がちに「ゆきさんなりに……楽しんでくれているように僕は感じました」と付け足した。
「『二人だけの送別会だね』って言ってくれて、嬉しかったのを覚えてます」
 人妻の身でありながら深夜の公園で若い男といい雰囲気になっているゆきを想像すると胸が苦しい。

 実はその夜のことは、よく覚えている。二人目の出産、育児休暇を終え時短勤務だったゆきが、久しぶりに同僚の送別会に出たいと言い出したのだ。お世話になった人もいるし、職場づきあいにも少しずつ復帰したいということだった。ゆきは「ごめんね。パパも飲み会とかいろいろ我慢してるのに」と申し訳無さそうにしていたが、謝りたいのはこちらの方だった。転職して別の会社で働いていた私は当時ずっと忙しく、妻にはしばしば「ワンオペ育児」を強いていたからだ。感謝の気持ちをあらためて伝え、家のことは気にせず楽しんでおいでと送り出した。

「お酒は飲むの?」
「うん。チビちゃんも卒乳したし久しぶりに飲んじゃおうかな」
「いいね。酔っ払ったゆきってぽわんとして可愛いんだよな」
「アラサーの人妻に可愛いとかもうないから」
「ちょっと心配だよ」
「おばさんになに言ってるの」
「帰ってきたら久しぶりにしよっか?」
「ふふふ。たぶん酔っ払ってそれどころじゃないと思う」
 酔ってなくてもしないくせに、などと毒づくようなことはもちろんしない。
「ごめんね」
 一人目の妊娠中から夫婦生活の間隔が空き始めた私たちだったが、このころには完全にセックスレスになっていた。誘っても断られるのはいつものことだったので、当時の私はさほど気にしていなかった。

 公園のベンチで「深夜のミニ送別会」を終えた二人は、駅に向かって歩き出す。Yが手を繋ごうとすると、ゆきは「もう、だめだよー」と言いながらも拒否はしなかったという。ゆきは「アラサーの人妻」だとか「おばさん」などと謙遜するが、自分が「おばさん」と呼ばれるような見た目でないことは、おそらくゆき自身が一番よくわかっている。三十歳にして当時すでに二人の経産婦であったが、その美貌にいささかの衰えもなく、肌や髪の色艶も二十代そこそこにしか見えなかった。とくにあの日送り出した彼女は、メイクもファッションも久しぶりにばっちり決めて、私たちが付き合いはじめた新人OLのころのようにキラキラ輝いていた。
 そんな妻が、年下の後輩男子と手を繋ぎ、夜の公園を寄り添って歩いたという。身悶えするほど悔しく羨ましい。道行く人には、若い男女のロマンチックなオフィスラブにしか見えなかったことだろう。

 ただ彼としてもできるのはここまでと思っていたらしく、再度「ダメ元」で次を誘ったものの終電を理由にあえなく断られた。
「いよいよこれで駅についたら最後なんだなと、胸がいっぱいになってしまいました」
 繋いだ手の指を絡ませようとするYに、「ちょっとYくん! 恋人繋ぎはだーめ」と楽しそうに笑うゆき。
「やっぱりだめですか?」
「うん。普通の繋ぎ方だけ」
「わかりました」
「ごめんね」
「いえ、ゆきさんと手を繋げただけでうれしいです」
「人が来たら離すからね」
「はい」
「あとさ、駅が近づいても離すからね」
「はい」
「それから」
「はい」
「今日は誘ってくれてありがと」
 夜のネオンに照らされた妻の横顔は、年上なのにとても可愛らしく感じたという。
「……楽しかったよ」
 Yを見上げにっこり笑う妻。雪のように白い頬が――酒か、あるいはネオンのせいか――ほんのり桜色に染まっていたという。


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