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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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人妻の浮気心 (1)-2


  *

 必要以上に根掘り葉掘り様子を聞く私に慣れてきたのか、語りが饒舌になってきたY。間男という立場を忘れ思い出に浸ってしまったことにはっとして小さく「あ、すみません……」とつぶやいた。
「いいよ。細かな事実関係の確認も大切だから」
 ぶっきらぼうを装って答える私の隠された性癖にも気が付き始めたかもしれない。それならそれでよい。

 帰り方面が一緒だった二人は最終電車に乗り込む。週末の満員電車で自然と密着することになるが、ゆきは避けるそぶりもなかったという。Yの腕にゆきの肩が、そして胸の膨らみが当たる。電車が揺れるたび、手が触れ合う。
「ゆきさんの手、冷たい」
 おしゃべりしながらそれとなく手の甲同士を触れ合わせる。
「今日寒かったよね。かじかんじゃった」
 小指に触れてみたら、ゆきからもそっと触り返してくれたらしい。続けて薬指も、中指も――。
「車内は暑いのにね」
「ほんと。この時期って暑かったり寒かったりで困っちゃう」
 ついたり離れたりを繰り返す男女の手。触れ合う二人の指先はいつしか一本、二本と絡み合い、やがて五本の指すべてが絡み、結合した。一度は拒否した「恋人繋ぎ」を今度は受け入れた妻。満員電車では、二人の男女が手を繋いでいても誰にも気付かれない。
「既婚者の自分にできる精一杯の浮気っていう感じで、嬉しかったです」
 すでに言葉数は減り、水面下でただ手を握り、握り返すというだけの行為を繰り返す。折しもさきほどから電車はたびたび駅間で停車し、遅延を詫びる車内アナウンスが繰り返し流れている。今日だけは、二人にとって好都合だった。春の夜、蒸し暑い車内でうっすら額に汗を光らせたながら、私の妻はよその男と秘密の行為に耽っていた。

 乗り換え駅につき、電車を降りた二人。別れる直前、Yは「ごめんなさい」といって、ゆきの手をとりキスをした。
 ゆきは目を丸くして驚いた表情を見せたものの怒るでもなく、微かに口元をゆるめ「もう……」と小さくため息をついた。ここで別々の電車に乗れば、二人の淡く密やかな恋は終わる。そう思えばこそ、ゆきもYの際どい行為を受け入れてくれたのではと、Yは言う。

「すみません、もうここまででも十分許されないことをしているのはわかっています」

 こまめに謝罪を入れてくるYに先を促す。私を怒らせないよう、しかし慇懃無礼になりすぎぬよう、彼が気を遣っているのがわかる。法的、社会的に絶対的窮地に立つという状況ももちろんあるだろう。しかしこと「ゆき」という一人の女をめぐる男の争いという観点では、彼は寝取った側であり、私は寝取られた側。どうやったって彼が勝者で私が敗者という構図になるのは避けられない。極めてセンシティブな話題で彼は自分を真摯に誠実に見せることに成功していた。内心などもちろんわからないが、大したコミュニケーション力だと妙に感心してしまう。あらためて見ると身なりもこざっぱりと嫌味がないし、Fよりも若々しく、Zほどチャラついていない。海外赴任するほどだから仕事もできるのだろう。つまりはゆきが惚れるだけのことはある男なのだ。

 さて、乗り換え駅に到着して終わるはずだった二人の男女のささやかな「不倫」は、終わらなかった。

 電車遅延の原因となっていた設備故障の修理が長引き、一帯の路線が完全運休する事態となったのだ。復旧の見込みはまだ立たないとのこと。
 人の波でごった返すコンコースで案内板を唖然と見上げる二人。周囲は電話をする者、タクシーの行列に並ぶ者、ベンチに座って寝ている者など騒然とした雰囲気である。「とりあえず改札でましょうか?」というYに、ゆきはコクンと頷いた。
 駅で一度離した手をYがもう一度差し出すと、ゆきの方からも差し出してくれたという。今度ははじめから「恋人繋ぎ」で、文字通り恋人のように寄り添いつつ、言葉少なに夜の街を歩く。春の風にゆきの髪がふわりとなびき、花のような匂いがしたという。恋人になりたてのころのゆきとのデートを思い出す。独特の甘い体臭、汗の匂い、春の夜の香り。私を見て幸せそうに笑ってくれた。少し酒臭い息も含めてすべてが愛おしかった。

 手を繋いだYが体を密着するよう寄せていっても避ける様子はない。電車の中での小さな不倫のせいか、ゆきの「浮気ハードル」が奇跡的に低くなっているのだとYは考える。神様がくれたチャンスをものにするためYがとった行動は、単刀直入にラブホテルへ誘うことだった。
 ただしもちろん部屋で行為はなし。ベッドにはゆきが寝て自分はソファで寝ることを約束する。何もせず、寝床も別で、ただ同じ部屋で一晩を過ごすだけ。それでも普通の人妻であれば断るはずだし、ゆきだっていつもの彼女なら断っていたに違いない。当たり前である。
 その夜のゆきははたして、何もしないという約束に念を押し、Yの提案を受け入れた。

「本当だよ。本当に何もしないからね」


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