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薄氷
【SM 官能小説】

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薄氷-7

あの女との奇妙な関係は続いた。特に連絡を取り合うわけではない(そもそもお互いの携帯電話の番号さえ知らない)。それなのに、まるで会う時間を約束したように、決まった時間に彼女はファミレスにいるあなたの隣の席に現われた。
どうして彼女なのか、どうして彼女でなければならないのかわからなかった。その理由はどこを探しても見あたらなかった。あえて言うならば、その女を捨てた男の手元にあるのが別れた妻であるという事実だけがあなたの中に漂っていた。
ベッドの中で誰かを抱いていた。あの女なのかもしれないが、彼女であるという確信をあなたは持てなかった。妻とあの女の体が重なり、幻影に沈んだように自分の肉体が斑に混ざり合ったとき、あなたは自分の肉体の中に潜む性欲が静かに覚醒してくるのを感じた。それはとても長い時間続いたような気がした。あの男のものになった妻の姿はすでにあなたの手がとどかないところある。その喪失感だけによってあなたの中に埋もれた性が渦を巻き始めていた。
息苦しさが肉体を締めつけるのに、体の中心にある肉幹の硬直は全身に火照りをもたらすように徐々に高揚していく。まるで過去の時間が解凍されるように。覚醒されたペニスを操るように何かがあなたのものを強く絞めた。鋭く尖ったものが包皮に喰い込んだ。肉幹が、刃の突き刺さった小魚のように撥ねる。そのとき下半身に含んだ熱が吸い取られるように堕ちていったような気がした。

ふと目を開けるとあの女が笑っていた。
「眠っていたのね」と女はあなたの頬を撫でながら言った。
 いつのまに眠ってしまったのか、もちろんあなたに記憶はなかった。射精後の虚脱感だけが下半身に残っていた。おそらくあなたは女の中に射精したのかもしれない。そのことを女の顔は確かに示していた。女は微かな笑みを浮かべながら、戸惑うあなたの頬にキスをした。
「とてもよかったわ……あなたのセックス」
 やはり記憶はなかった。あなたがこの女と交わった確かな記憶が。
 女は言った。「あのとき、いったい誰の名前を呼んでいたのかしら」
「あのとき………って」
「あなたがわたしの中で射精をしたときだわ」
「だれの名前って、どういうことかな………」と、ぼんやりとした脳裏の奥からあなたは言った。
「あなた、誰かの名前を口にしたじゃない。わたしにはよく聞き取れなかったけど」
 眠っているあいだに喋ったという名前をあなたは覚えていない。名前を知らない目の前の女なのか、それとも記憶にない妻の名前なのか。
「男って、あの瞬間、ほんとうは何を思って射精するのかしら」と女は笑いながら言った。
 あなたは返す言葉を持っていなかった。
「抱いている女とは別の女か、それとも抱いている女にひとりよがりに描いた女の像なのか、どっちにしても《現実に抱いている女のこと》なんてきっと忘れているのよ」
 あなたは女とのあいだにある沈黙を噛みしめた。わかっていた………この女を抱く意味の不在が。いや、あなたの射精には意味が必要だということを。それは女があの男のものであったこと、そしてその男は妻を抱いているという意味だった。



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