幹事長の提案-3
美鈴は、
『そんな取引は出来ません。』
『将来何をしても見逃すなどと言う司法取引は前例も無く、不可能です。』
と拒否する。山海は、アタッシュケースを指差し
『これには、与党を揺るがす証拠が入っている。』
『政権も倒れ、与野党逆転も起こり兼ねない物だ。』
と言い、若手の弁護士に
『コピーだけ渡してやれ、数枚な。』
と指示すると若手の弁護士は、アタッシュケースを開け、中の書類の内数枚を美鈴に渡す。美鈴が受け取り、書類を見ると山田と緒方も覗き込んで来る。複数の国会議員の名前と領収書のコピーが有った。その中には、現役閣僚の名も記載されていた。山海は、
『領収書だけじゃ無いぞ、受け取り映像も有る。』
『そいつらだけじゃ無い、他の大臣のも有る。』
『もっと上の奴がな。』
と笑う。美鈴は驚きを隠せ無い。山田も緒方も驚嘆している。特捜部どころか検察挙げての大疑獄事件となるだろう。美鈴は、もう70代だがかなり若く精力的に見える小柄な男を見る。どちらかと言えば温厚な顔立ちで二世議員のボンボンと言われると納得する容貌だ。
この男は、手当たり次第に周りの女性に手を出し問題を起こしていた事は調査で分かっていた。挙句に贈収賄の原因となった女子高生の妊娠だ。そして、その事を知った記者3名の謀殺容疑。美鈴は、この凶悪な政治家を見据えて
『上の者と相談して、お返事します。』
と話す。山海側の年配の弁護士はすぐに
『それは、どれ位掛かりますか？』
『急いで頂きたいのですが。』
と聞いて来た。美鈴は室内の時計を見て、
『1時間後にお返事します。』
『お帰りになりますか？』
と聞くと、山海が不機嫌そうに
『ここで、待つ。』
『早くしてくれ。』
と言い放つ。美鈴は、部下達を促し部屋を出た。美鈴は、部下達を連れて課長室に向かった。課長にコピーの書類を渡して山海側とやり取りを説明し、
『山海は、将来全ての容疑を起訴しない様に求めています。』
と怒りを押し殺して話す。課長は唸り、
『確かにふざけた提案だ。』
『だが、魅力的な証拠品でも有る。』
と言うも美鈴を見て
『君が決めて良い。』
『どうする？』
と言って来る。美鈴はまなじりを決して、
『山海側が、将来の犯罪容疑の不起訴を持ち出した時に確信しました。』
『政治記者3名の殺害に関わっていると。』
『私も山海の提示した証拠品は魅力的だと思います。』
『ですが、3名もの謀殺に関わった人物を見逃せません。』
『取引はしません。』
と課長を見て力強く言明する。課長と山田、緒方も頷き同意を示す。美鈴は、
『警察に確認したい事が有ります。』
『その後に山海には返事をします。』
と言う。課長は頷き、
『良いだろう。』
『君の考えを支持する。』
と言ってくれた。美鈴は、
『ありがとうございます。』
『警察に行って来ます。』
と言うと部屋を出た。美鈴は、山田達と共に特捜部に戻ると山海側との司法取引の内容、やり取りを全員に説明する。みんな驚き、ザワザワと興奮気味に話し出す。美鈴は少し大きな声で、
『聞いて下さい。』
と言い、室内が静かになるのを待つ。それから、
『取引はしません！』
『みんなも知っての通り、山海には3名の政治記者殺害容疑が有ります。』
『まだ容疑の段階だけど、殺人犯を見逃す何てあり得ないわ！』
と言い、続けて
『山海の収賄裁判は証拠も有り、証言者もいます。』
『十分に勝てると思っています。』
と言うと全員頷いている。美鈴は、
『重ねて言いますが、この司法取引会談は有無も含めて他に漏らさないで。』
『では、山海の収賄裁判への業務に戻って下さい。』
『私は、警察に行く予定が有ります。』
『代行は、山田さんです。』
と話すとスマホで時間を確認して、
『もし、山海側がせっついて来ても協議中と伝えて。』
『私が警察に行ってる事は伏せて。』
と山田に指示する。他の検事達に2、3仕事の指示をすると警察に電話して訪問に支障は無いか問い合わせる。美鈴の警護を担当している警官達が警察まで送ってくれた。美鈴が政治記者達の事件を頼んだ刑事とその上司が対応してくれ、会議室まで案内してくれた警護役の警官達にも同席を頼んだ。
美鈴が口火を切り、
『これから話す事は、内密に願います。』
と述べると室内の全員が頷く。
『こちらに伺う前に人と会っていました。』
『相手は、山海本人と弁護士達です。』
『山海は、地元の駅の再開発で国会議員、地方議員、官僚などの収賄の証拠を提供する見返りに自分の収賄罪の不起訴と将来の犯罪による免訴を要求してきました。』
と説明すると全員驚いていた。刑事が、
『将来の犯罪容疑も司法取引出来るんですか？』
と疑問を呈すると美鈴は首を振り、
『いいえ、出来ません。』
『将来の犯罪まで不起訴何て、出来る訳も無い。』
と言い、少し間を置く
『それで、こちらにお願いしていた山海の地元で起こった記者達の事件の調査が関係しているのでは無いかと思い伺ったのです。』
『山海が念頭に有る将来の犯罪での起訴は、記者達の事件では無いかと。』
と美鈴は、2人を見て話す。