投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

レモネードは色褪せないの最初へ レモネードは色褪せない 13 レモネードは色褪せない 15 レモネードは色褪せないの最後へ

不吉なサイン-1




 翌朝はあいにくの雨だった。二階の窓から外の様子をのぞくと、見慣れた町並みが雨で白く煙っていた。昨夜はあんなに星が出ていたのに、天気というのはまったく読めないな。
 まだ起きたくないけど二度寝するほど眠くもなく、半ば仕方なしに一階に下りるとミソラが一人で朝食を食べていた。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう。母さんは?」
「親戚の家に用事があるからって、朝早くに出掛けたよ」
「そうか」
 僕は自分の茶碗にご飯をよそい、味噌汁を分けて、冷蔵庫の中から納豆を取り出した。生きとし生けるもの、腹が減っては戦はできぬ──いや、争い事は昔から苦手だったような。
「例の彼女さんとは上手くいった?」
 食卓に着いた途端、ミソラのほうから仕掛けてきた。かなり痛い一撃だったが、僕も平常心を装って応戦する。
「会えたよ。会えたし、話もできた。やっぱりミソラの同級生だった」
「ふうん。それで?」
「それでって、何だよ……」
「キスはした?」
 不意打ちだった。おい妹、それを兄に訊いてどうする。僕は椅子から転げ落ちそうになった、というのは冗談なのだけど。
「それは彼女のプライバシーにも関わることだから、明言は避けておくよ」
 格好つけてそう言っておいた。ミソラは不満そうに箸を止めたが、すぐにけろっと表情を変えてコップ半分の牛乳を飲み干した。そのタイミングで僕は切り出した。
「それより、タイムカプセルのことなんだけどさ」
「うん」
「いつ頃埋めたんだ? つまりその、何月ぐらいだったのかおぼえてないか?」
「あ、それなら……」
 そう言って二階へ消えたミソラは卒業アルバムを手に戻って来て、文集のページを開いて見せた。僕も一度だけ読んだおぼえがある。
「ほら、ここに書いてあるでしょ」
 ミソラの指した部分には幼稚な文字で『夏休み直前にタイムカプセルを埋めた』とある。
 夏休み直前? すると七瀬アイは、僕と出会った後にまた学校へ行って、その行事に参加したことになる。それは一体どんな心境からなのか。
「でもこれ、ほんとうは三学期にやるはずだったんだよね」
「予定を変更したのか。理由は?」
「わかんないけど、きっと転校生の彼女と関係があるとあたしは思ってる。だってその子、七瀬さんだっけ、二学期にはもう学校に居なかったもん」
 そうか、事実はきっとこうだ。
 七瀬アイはお別れの挨拶をするために、一日だけ登校することになった。それを知った上で気を利かせた先生たちが、彼女のためにタイムカプセルを埋める日時を変更してくれた。
 彼女にとっては知らない土地の知らない学校だったろうけど、一つだけ希望の光を見つけることができたから参加する気になったわけだ。ほかでもない、初恋という希望の光だ。
「七瀬は、ラムネの瓶を埋めたんだってさ」
 炭酸の爽やかな刺激を想像しながら僕はしみじみと言った。はじける泡が降りかかる光景の中に彼女の笑顔を思い描いていると、無性に会いたくなった。声を聴くだけでもいい。
 朝食の後、駄目元で電話してみた。遊び人の僕とは違って彼女は忙しいだろうから、繋がらない確率のほうが高かった。
 実際、電話は繋がらなかった。接続されたのは留守番電話サービスで、僕は敢えてメッセージを残さなかった。
 けど僕はまだ知らなかった。僕と七瀬アイの発信する電波が接続されない理由も、ちりちりと痛みを訴える胸騒ぎの原因も。
 ただその時、町のどこかで救急車のサイレンがけたたましい音を鳴らしていたのはよくおぼえている。彼女と無関係であればいいのだけど、それを確かめる手立てがないのもまた事実だった。


レモネードは色褪せないの最初へ レモネードは色褪せない 13 レモネードは色褪せない 15 レモネードは色褪せないの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前