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ミライサイセイ
【悲恋 恋愛小説】

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ミライサイセイ act.1 『歯車の音』-3

教会で行われた賛美歌のコンサートは、二時間半ほどで幕を閉じた。三十分ほど遅れたので、正味二時間弱といったところか。女性の歌声が、あまりにも澄んでいて聖母を思い浮かべた。どこかの絵にあったような、陳腐な構図が僕の頭のなかに描かれ、鑑賞する。ほぼ全員が目を閉じて、己のなかに自由なストーリーを想う。それぞれが多様な世界を構築するけれど、きっと聖母は誰の胸のなかにも沸き起こるだろう。それほど素晴らしい演奏だった。
「・・・うん、良かったです」
ディナーを口にしながら、ミクは音楽を思い出すように言った。僕は眼下の夜景を見ていた。どうやら、大学の友人が推薦した店は、正解だったようだ。少し値は張ったけれど、いい思い出になるだろう。
「綺麗ですね」
僕に誘われるように、彼女も無数の煌きを見る。
多様な色と、点滅する光は、先ほどの演奏を連想させる。絶妙な彩色のバランスは、さまざまな声色の重なりに似ていて。
美しいものは、すべて繋がっていくのだろう。
「ありがとうございます、学生なのにこんな高そうなお店まで」
「だからこんなのは一年に一回だけだよ。あとはファーストフードに戻る」
「・・・とてもロマンチックな言葉ですね」
皮肉、だろうか?
「だからこれも今日だけだ」言って小さな包みを渡す。
「もしかしてプレゼント?」
「もしかしてプレゼント」
あまり抑揚をつけない彼女でも、プレゼントには興味津々だ。こういう表情が堪らなく嬉しい。
「・・・わぁ。これ・・いいの?」
それはネックレス。
「・・・素敵。もう返さないですよ、本当にいいの?」
僕は笑いながら頷く。それほど高価な代物ではない。とてもシンプルなネックレスだ。ミクには、着飾らない装飾が良く似合う。
いいの?
いいの?
何度も聞き返し、恐る恐る首にまわす。かちり、と止めたところで、逆に溢れ出すものがあった。きっとそれは幸せだ。
ふいに、涙が頬を伝った。
どうしてだろう。
こういう場面では、ふつうプレゼントされる側が泣いて喜ぶはずなのに。
何を想ったのか、僕の目から涙がこぼれた。
それを見た彼女は、優しく微笑み、ハンカチで僕の雫を拭く。
「大丈夫、私はここにいるから」だいじょうぶ、だいじょうぶです。
涙で、夜景が揺れた。
僕は今、幸せだから。
きっとそれが怖ろしい。
手の中から、いつかすり抜けていくんじゃないか、と。
僕の手には余りある幸福なんじゃないか、と。
実際に何度も、何度も、僕は裏切られて、裏切られて、ここにいる。
それでもまた、愛する誰かと、ここにいる。
そしてそれを許すことが出来ないのも、僕自身だ。
矛盾は、いつか僕を押しつぶすだろう。知っている。どうしようもなく、僕は知っている。


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