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ミライサイセイ
【悲恋 恋愛小説】

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ミライサイセイ act.1 『歯車の音』-2

例えば、そのとき誰かが『君の生涯のパートナーは?』と聞いたら、僕は迷わず『あや』と答えていただろう。それくらい純粋に愛していたし、愛されていたと思う。はっきりと物を言う態度も、けれど大事なことはなかなか切り出せない性質も、一度も長く伸ばしたことの無い黒髪も、僕と同じくらいある背の高さも、悲しくなると耐えるように下唇を噛む仕草も、嬉しくなると隠し切れない微笑みも、僕は愛していた。彼女の全部とは言い切れないけれど、あやと僕の歯車は音がなることなく、かみ合うだろうと思っていた。人生を謳歌する時間くらいは、僕らの歯車が狂うことはない、と。
そう頑なに信じていた。



そんな時期を、僕は思い出していた。
遠い、遠い昔のようでもあり
つい先日のような気もする。
ふ、と横に視線を向けると、女性の寝顔がある。静かな寝息と、幸せに緩んだ口元。どんな夢を見ているのだろう。僕は指で、彼女の頬をなぞる。『んん〜』猫のような声を上げる、僕の恋人。それは、あやではない。だからきっとあれから随分と時を経たのだろう。古い傷口を抉る様に、思い出してみる。
高校卒業の日、突然のあやとの別れ。
傷心を隠すように遊んだ、大学の春。
そこで、横で眠るミクと出会い、初めて体を重ねた。一度もあやと経験しなかった、それを僕はいとも容易く行った。そして三年、気付けばあやと過ごした日々と同じ程度の月日をミクと共にし、だから彼女が僕の大部分を占めるようになったのも当然だった。ミクの長い髪に触れる。物静かな彼女の肩を抱く。
そう、思えばミクは、あやとは正反対で、それは別れの傷から逃げるように過ごした日々の証拠でもある。だからミクと僕は、喧嘩も多いし、互いに認められない部分もある。けれどそれでも三年間、同じベクトルにいる。ぎしぎしと音をたてながらも、歯車は回る。それは、ゆっくりと自転する天体にも似ていて。
だからきっと、回転は止まらないだろう。
何か別の惑星が衝突して、その天体を壊さない限り。
僕とミクは歩き続ける、ぎこちなく腕を絡めながら。


「ほら、時間ないって!」
僕は思わず声を荒げた。
「・・・もう少し待ってください。やっぱりこっちの服がいいかな」
ミクは鏡を見ながら、何度目かの衣装合わせに入った。感情の抑えた声だけれど、決して自分の意見を曲げることがない性質を、僕はよく知っている。例えば、同じ年なのだからタメ口で話してといっても、普段から丁寧語を話すから、とやんわりと拒絶した。以来、一度も仲間内で話すような言葉を使うことは無い。実際、ちょっとしたお嬢様であるミクは、小さい頃から言葉には気を使っていたらしい。それでも最近、その言葉遣いが崩れてきていることに、彼女自身まだ気付いていない。
「いいじゃないか、それで。似合ってるよ」
言いながら時計に何度も視線を向ける。コンサート開演まであと三十分もない。急げば最初から聞くことが出来るのに。
んん〜
猫のような迷い声。
ミクは今日の公演には興味が無いのだろうか?僕が数日かけて選んだコンサートなのに。いらいらしながら、彼女を見遣る。
紫から白のワンピースに。
どこまでもマイペースに。
いつになればコンサートに?
「早く行こうよ」
「・・・待って」先ほどよりは感情の篭った声だった。彼女も迷うことに疲れたのか、白のワンピースに決め、かかとの高いヒールを履いた。
外に出ると、ちょうど開演の時間になっていた。僕は少し残念な気分になる。その表情を見て、ミクは『ごめんなさい』と呟いた。
「でもちゃんとしたかったの。これはあきらと出会って三周年の記念。きっと一生の思い出に残るはずですから」
それを聞いて、僕のなかのどろどろとしたものが消えた。
大切にすべきは、コンサートなんかじゃない。
それは二人で過ごす時間そのものではないか。
僕は、急いでいた足を緩めた。そして右腕を差し出す。「ご一緒しませんか、お嬢様」
さながら紳士のように。
「はい、喜んで」その腕に、細い左腕を絡める。
さながらお姫様のように。
夜の街に、柔らかに風が凪ぐ。
そう、僕らは喧嘩しながら、慰めあいながら、生きていく。


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