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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−8−-2

戻ってきた畑野さんにきいてみると、彼女はコンロの火を消してヤカンを持ち上げるなり言った。
「柊さんが倒れた理由?」
背を向けたままの彼女の肩越しから、真っ白な湯気が二つ立ちのぼる。
「はい。突然のことに、僕も驚いてしまって」
新しいTシャツとジャージに着替えて、濡れた洋服を電気ストーブの前に干す。下着の方まで被害が及ばなかったのは幸いだ。僕は再び丸椅子へ腰掛けた。
「彼女、どこか悪いんですか?」
畑野さんはマグカップを二つ持って歩み寄ると、片方を僕に差し出した。
「何か病気なんじゃないかってこと?」
お礼を言ってそれを受け取ると、僕は頷いた。すると畑野さんは、眉間にしわを作って、一言こう言った。
「そうね。そうかもしれない」
そうかもしれないって、医者なのに随分とアバウトな答えなんじゃないのか。口をついて出そうになったものの、さすがにそこは、どうにかこらえる。
畑野さんは、デスク前の椅子に座ると、コーヒーを一口すすった。
「ちょっと前にもね、倒れたことあるのよ。柊さん。たしか牧野君が研修にくる前日じゃなかったかしら」
同じようにマグカップに口をつけていた僕は、驚いて顔をあげた。
「今日みたいにですか?」
「仕事の途中で気を失ったの。でもね、その時はここへ運ばれてくるなり、すぐに目を覚ましたからただの貧血だと思ったわ。顔色もすぐによくなったしね」
畑野さんはいったんそこで言葉を切ると、まるで苦いものでも噛み締めたような顔で続けた。
「ただ、ちょっと気になることがあってね。柊さんったら、意識がはっきりするなり、ベッドの上で私に言ったのよ。『胸がとても痛くて、息が出来なかった』って」
「え?」
どきりとして、思わずきき返す。
「そんなこと、言われた方は驚くわよね」
僕は黙って頷くと、柊由良の眠るベッドへ視線を向けた。心臓が早鐘を打ち初めていた。 「もちろん、すぐに検査をしたわ。でも、ここだと必要最低限の器具しかないから、詳しく調べるにはどうしても大きな病院に行くしかなったの。そうそう、牧野君が初めてここへきた日だわ。大学病院へ検査を受けに行ったの」
そういえば食事の時にテーブルを挟んで向かいに座っていた田中さんが、『柊さんは今日は病院だから』と言っていたことを思い出す。
そうか、あの日、窓越しに僕らが出会ったのは彼女が病院へ行こうとしている時だったのだ。
はっと気が付いて、僕は畑野さんに視線を戻した。
「で、検査の結果は?」
「まだよ」
彼女は、ゆっくりと首を横に振った。
「明日出るの」
「それじゃあ、ここで調べた時はどうだったんですか?」
一瞬、畑野さんの表情に狼狽の色が走るのを僕は見逃さなかった。そして、検査結果について悟るには、それだけで十分だった。彼女は少し迷った後、言葉を選ぶように、慎重に説明した。
「心臓から、ほんのかすかだけど、雑音がきこえるの。それと、心電図で分かったのは、柊さんがかなりの不整脈の持ち主だということ。それだけで、ね。柊さんの体が、決して健康な状態ではないことが分かるわ。少なくとも、彼女が、心臓に欠陥を持っていることは、確かね」
数秒遅れて、畑野さんの言葉が僕の頭の中に届いた。まるでナメクジが這うように、ゆっくりと、部屋のすみっこへ視線を向ける。
(柊由良が、病気……?)
一瞬を境に、部屋の温度が一度も二度も下がったような気がした。


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