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One lives
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one lives two case-7

残念だけれど、それが一番安心できる場所だったから。
他人はいらない。
それは自分を矮小な存在に変えてしまう。
「でも、あなたでは俺を救えない」
「えぇ、私だけでは無理でしょうね。だから彼女が必要なのよ」言って看護婦は階段に視線を向けた。
「彼女?」
タンタン、と誰かが上ってくる、その一段飛ばしの上り方。
――― こうやって嫌なことはジャンプできればいいのにね。
フラッシュ・バックした。
それは五年前の記憶。心の奥底で眠る、穏やかな日々。
「屋上、行こうよ」
真奈美は言った。
付き合って三年が経過しようとしていた。だからつまり入学と同時期に交際が始まったことになる。彼女と過ごした日々は、今思えば、俺の残すべき記憶の大半を占めている。
連れられて屋上に向かう。
器用にも一段飛ばしで、彼女は階段を上る。
その行動を何度か諌めたことはあったが、一向にやめる気配は無い。
外に出ると、先ほどまで音を立てていた風は予想外に穏やかに凪いでいた。
「良い風ね」
肩まで伸びる黒髪を舞わせて、彼女は言う。
屋上から見る街並み。
急かされるように歩く人々。淀みなく流れる自動車。そしてそこからこぼれていくような疎外感が、微かに胸を刺す。
「美しい街だよね」
高層ビルを囲うように緑が生い茂り、遥か向こうには海岸線が走る。
真奈美は、何を見ているのだろうか。
見渡せる限りの空間から離れていく真奈美は、その目に何を焼き付けているのだろうか。
「やっぱり、行くのか」
「うん、留学は絶対だって」
大学教授である彼女の父親は、いま異国の土地で働いている。学歴を重んじる職種だからこそ、我が娘も同じ系統の道を進ませたいという思いが強いのだろう。
「でも戻ってくるから」
語尾が小さく震えた。自信が大きく震えた。
真奈美は望んでいない。
この町で、普通の職に就いて、普通の家族を築きたいと。
いつか搾り出すように放った本音がある。俺に向かって投げた本音がある。
もう一度、街並みを見下ろす。
明日に向かう人、その足どり。
未来を開く彼女、その未練。
俺だけが今にしがみつき。
俺だけが今を軽視している。
――― こうやって嫌なことはジャンプできればいいのにね
一段飛ばしに、幸福な未来へとジャンプできるのなら今を捨てる覚悟ができる。
けれど孤独を、無能を踏み締めて前に進む勇気。それを俺はきっと持てないだろう。
未来は、暗い闇に揺れて、俺を手招きしている。
一人ではいけない。
一人ではいけない。
だから、真奈美、君と。
「しばらくサヨナラ、だね」
涙を堪えるような声で、真奈美は告げた。
だから俺は応えた。「あぁ、サヨナラだ」
惜別したのは、二人の未来。
そして、彼が現れる。ソレは優しく、優しく俺に囁く。
『初めまして。長い付き合いになると思うけれど宜しく。俺は誰よりもお前の傍にいるよ』
明日を否定した孤独よ、こんにちは。

病院の屋上。
深の夜を標す月の下に、五年ぶりの真奈美の姿があった。
「やっと会えたね」
別れたときと同じように、何かを堪えるように言う。
「真奈美、・・・いつ帰ってきたの?」
「二週間前。その日から毎日、貴方の寝顔を見に来てた」
「随分大人びたね」
すっかりと落ち着いた雰囲気を出す彼女は、イメージよりもずっと、ずっと綺麗だった。
「俺は、あの日から一歩も前に進めなかったよ」
君がいない道に、踏み出すことが出来なかった。
「私ね、あなたの寝顔を見続けて思ったの。私はやっぱり海外になんて行くべきではなかった、って。それは遠回りで、きっと意味の無いものだったのよ」
「真奈美・・」
「だって私が居るべき場所は、あなたの隣だったのだから。私の理想は、そう、貴方と過ごした日々の中にあったの」
世界は廻る。
等しく昼夜を繰り返し、太陽が昇る。愚鈍な俺は、それについていけず、それについていかない。だから、やれやれと言った表情で彼が現れる。


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