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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−4−-2

目の前でうつむいているその横顔を、いったいどう形容すればいいだろう。落胆とも不機嫌さとも明かに違う。かといって、単に話疲れたというわけでもなさそうな、強いて例えるなら苦みをこらえながら思案にふけるような、そんな奇妙な横顔。なんだか声を出すのさえ気まずくて、僕は口をつぐんだまま彼女を見つめた。なにか気に障る事でも言ったかな、と自分の言動を思い返してみたが、別に思い当たる節もない。というより、さっきからの僕は、ほとんど言葉らしい言葉を口にしちゃいないのだから思い当たらなくて当然なのだ。それなのに何故だろう。胸の奥から、根拠もなくいやな予感が沸きあがってくる。わずかな沈黙をおいて、琴菜がふっと視線をあげた。その顔を見て、またもやギョッとさせられた。彼女のそれは、涙こそ見せてはいないが、口元は一文字に結ばれ、頬はなにかに耐えるようにこわばっていた。なんでだ、と僕は困惑した。今の今まで普通に話をしていたのに、なんでこんな顔をしなくちゃならないんだ。居心地の悪さを濃縮したような数秒を待って、琴菜は慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「あの、さ」
語尾が裏返り、小さく咳払いをする。
「さっきから思ってたけど、どうして、」
「あれ、お前らきてたんだ」
予想外の方向からの声に驚いて、反射的に視線を巡らずと、カウンターの中で絡まったエプロンの紐を必死にほどこうとしているそいつ−真壁順を見つけた。真壁はこの店のバイト店員で、同時に僕らの大学時代の同級生でもある。だからヤツが僕らに声をかける事は、むしろ自然な事であって、おかしなところなんてなにもないはずなのに。僕は内心、舌を打っていた。まさか今日が出番だったなんて。店に入った時に見当たらなかったから、てっきり今日は休みかと思っていたら、なんのことはない。この焦り具合からして単に遅刻しただけなのだろう。これがほんの五分前の出来事なら、三人で適当に会話を交わした後、いつもみたく真壁からケーキの一つでもサービスしてもらって『サンキュ』というところだが、なにせ今回はタイミングが悪すぎる。恐る恐る琴菜を横目で見やると、彼女はいつものとまではいかないまでも、ほとんどそれに近い笑顔を顔に張り付けて、真壁にひらひらと手を振っていた。やれやれ、とため息をつく。これじゃあ、さっき彼女が言いかけた言葉の続きはきけそうにない。それどころか、この後のデートの続行さえ危うい気がする。はぁ…と、うなだれかけたところで、目の前にあるほとんど空になったカップに、コーヒーが注がれる。
僕はのろのろと顔をあげ、今度は琴菜にコーヒーポットを傾けている真壁に、
「あんがと」
と言って、コーヒーをすすった。
「研修は、休みなのか?」
「まぁね。土曜、日曜は休みなんだ」
ふぅん、と頷きながら流しへ向き直り、真壁が蛇口をいっぱいにひねる。水のたたきつける音が、ヤツの声をかき消した。なんだって、と聞き返すと、真壁の面倒臭そうな顔が、半分だけこっちを振り返る。
「あっちの奴ら、なんて、言ってた?」
「なにがさ」
「決まってるだろ」
蛇口を閉めてから洗い終わった食器をわきへ寄せ、濡れた手をぶらぶらさせながら、真壁はからかうような笑みを浮かべて言った。
「お前の名前を聞いて、さ」
「ああ」
なるほど、と頷く。そういう事か。
「驚くって言うよりも珍しがられた、かな」
それを聞いた真壁は、腰に両手をあて、天井に向かって容赦なく笑った。
「だろぉな。藍斗って名前なんかなかなかいねぇもんなぁ。で、珍しがられた他に、なにか言われたりしなかったのか?いい名前だねぇ、とかさ」
「そんな事…ん?まてよ」
ふと、あの時の一言が耳元をかすめて、僕は言葉につまずいた。


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