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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−4−-3

「何、ひょっとして言われたの?」
カウンターから体を半分乗り出して、ハスキー犬のような真壁の顔がぐぐっと近づく。
僕は少し考えてから、
「いや」
と、かぶりを振った。
「気のせい。やっぱ言われてないや」
嘘ではない。僕の名前を聞いて、職員も入所者も、誰も『いい名前だね』とは言わなかった。ただ、その前に言いかけたのは、それ以外の言葉を口にしたのが約一名いた事を思い出したからであった。
「かっっこいい!」
あの時。僕と柊由良が初めて食堂で会った日の事だ。彼女は僕から名前をきき出すなり、瞳をキラキラと輝かせて、そう言った。その表情を見ただけで、それが冷やかしや皮肉ではない、まじりっけなしの素直な一言である事が分かった。言われた当の本人は突然の事に面食らってしまって、その時は言葉もなかったけれど、こうやって思い出してみて悪い気がしないのは、つまるところ嬉しかったからなのだと思う。
「…いと。藍斗」
ふと、自分の名前が呼ばれている事に気がついてハッと顔をあげると、すでに席を立った琴菜が僕を見下ろしていた。
「そろそろ、行こう」
「そうだな」
スツールの下においてあった鞄をいそいそと取り出して腰をあげる。
「あれ、もう出るの?」
皿にのせたばかりのチーズケーキをカウンターに並べながら、真壁が言った。
「これ食ってかない?サービスするけど」
「ああ」
ちらりとレジの前に立つ琴菜に視線を向けてから、
「ごめん、今回はいいや」
と向き直っておおげさに両手を合わせる。すると、ようやくその空気からなにかを悟ったのか、
「それじゃあ二人ともコーヒーだから、一人、三百円ね。おかわりはサービスでいいよ」 と言いながら真壁は僕にだけ分かるように、わざとらしく苦笑して見せたのだった。
外は、雨雲が出てきたせいで薄暗かった。 朝の天気予報では一日中晴れると言っていたけれど、この分だとどうやら一雨きそうな様子だ。隣りを見ると、琴菜も僕と同じように空を見上げている。この天気同様、見ているこっちまで憂鬱にな気分にな
りそうな、どんよりと曇った横顔だ。
(…やっぱり、デートの続行は難しそうだな)
そう思って視線を空に戻した。その時だった。
「ねぇ、藍斗」
今にも消え入りそうなかすれ声で、琴菜が僕を呼んだ。慌てて声のした方を向くと、彼女が触れれば切れそうなほど真剣な瞳をあげて、僕の顔をじっと見つめていた。その挑むような顔を目にした瞬間、僕はこれが今までのケンカとはまったく種類の違う彼女にとって、もっと深刻なものである事を直感的に悟った。こんな琴菜を目の当たりにするのは、四年以上も付き合っていて、これが初めてだった。 そして、いやな予感が僕の背中をなめるように這いあがってくるのを感じた時、彼女は驚くほど震えた声で言った。
「どうして、彼女の事がそんなに気になるの?」


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