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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−2−-1

夜の山というのは、僕が普段から生活している場所よりもずっと気温が低い。
半袖のTシャツに念のため持ってきていたパーカーを羽織っても、まだ少し肌寒いような気がする。僕は背中を丸めて外へ出ると、暗闇の向こうで、ぼうっと不気味な光を放っている公衆電話へ歩み寄った。街灯がないので、外から見えるものといえば坂の途中にある自動販売機とこの公衆電話。それと今夜は雲がないから、夜空に輝く無数の星屑に満月。と、まぁせいぜいその程度だ。 受話器をとると、僕はテレホンカードを入れた。ここへくる途中に、コンビニで買ってきたやつだ。買ってきて正解だったなと思う。一応持ってきたPHSは、予想どおり圏外になってしまって、まるで使い物にならない。 けれど場所が場所だけに、文句は言えない。僕が今いる所は、街を一望出来るほどの山の上なのだ。携帯ならまだしも、PHSでは電波が立つ方がおかしい。僕は押し慣れた番号をプッシュすると、そのまま公衆電話に寄りかかった。一つ目のコール音が終わる前に、プツリッと鳴って、
「もしもし」
という声に変わった。彼女だ。
「電話に出るの、随分と速いな」
と、僕が言うと、彼女はふふふと笑い、
「だって、ずっと待ってたんだもん」
と、嬉しそうに言った。
時間が経つのも早いもので、彼女−亘理琴菜と恋人同士と呼べる関係になってから、今日でちょうどまる四年が経つ。今までは、こうした記念日には二人で外食をしたり、旅行へいったりと何かしら企画があったものだが、今回は僕の一方的な理由でそれが出来なかっため、こうして電話だけになってしまった。それでも琴菜は、ここへくる前の僕に一言でも不平を鳴らしたり、すねたりはしなかった。人一倍、記念日を大切にする彼女なのに。 きっとかなり無理をしたんだと思う。
「仕事、どうだった?」
と、琴菜は言った。
「まぁ、それなりにきつかったかな」
と、だけ答えておく。
嘘だった。
本当は、それなりにどころではなく、めちゃくちゃきつかった。
今日、僕が手伝ったのは園芸の仕事だった。 大きなプランターに雑草みたいに生えているマリーゴールドの芽を、慎重にピンセットで抜きとり、それを各一本ずつ他の入れ物に植え替えていくという、おそろしく単純な作業である。しかし、それがいけなかった。
単純作業という事は同じ動作の繰り返しなわけで、つまり無駄に動かないせいで、体中がものすごく凝った状態になってしまうのである。しかもそれを真夏並の温度を保っているビニルハウスの中でやったものだから、やっと仕事が終わった時には、首から下がまるで鉛のように、そして頭の中では脳みそが煮だってどろどろに溶けたようになってしまっていた。だから僕は、宿泊室へ戻ると出来るだけ体力を回復させ、それから琴菜に電話をした。僕の本当の状態を彼女が知ったら、また余計な気を使うかもしれないと思ったからだ。
「今日はなにしてたんだ?」
努めて明るい調子で、僕は言った。
「んっとね、一人で買い物に出掛けたの。
ほら、今日は暖かかったし天気もよかったでしょう。だから、ぶらぶらと散歩しながら、駅前とかいろんなお店に行ったの。ああ、そうそう。あのね」
琴菜の話を聞きながら、残り一本になった煙草をくわえる。
「ものすごくシックな時計があったんだぁ。黒と白のやつでねぇ、ベルトの部分が鳥の羽がつながったようになってるの。他にも色違いが何種類か並んでたけど、私はさっき言ったのが一番よかったなぁ。値段も手頃だったの」
火をつけて、一つ息を吸って煙と一緒に吐き出す。体の芯から、じわぁと安堵感が広がった。それが煙草のせいなのか、琴菜の声を聞いているせいなのか自分でもよく分からない。 「ああ、そうそう。もう夏服が出てたよ。薄手のワンピースとかTシャツとか、あとそれと、スカートもあったかな。なにか一着くらい買っちゃおうかなって思ったけど、我慢した。代わりにCD買ったんだ。 誰のって?うーん、秘密。後でMDにダビングしてあげる。すごくいい曲があったんだ。 曲名はねぇ」
(春とはいえ、やっぱり冷えるな)
夜桜を揺らす肌寒い風が、煙草の煙も薄めていく。僕は重たくなった瞼を静かにとじると、遠くから聞こえてくる琴菜の声にじっと耳をすました。


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