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【SM 官能小説】

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鏡 〜渇望〜-3

幼い私は夜が嫌いだった。真夜中にフと目を覚ましてしまった時、私の他に誰も居ない部屋。怖い夢を見て怯える私を優しく慰めてくれる人は誰も居ない。
「ママ…ママ…ママ…」
「お姉さん…お姉さん…」
メソメソと泣き出す私は、一人が怖かった。
いつの頃からか…私が愛し、大好きで大好きでたまらない人たちは皆、私の前から消えていくのに気づいた。僅かな時間私は一人では無くなるのだが、彼らが居なくなった後私は更なる孤独を感じ、喪失感に打ちのめされてゆく。
最初の別れは、お姉さんたち。母に手を引かれ寮を後にする私に
「菜緒ちゃん、バイバイね」
そう言いながら手を振っていたお姉さんたち。
「もう、お姉さんたちに会えないの?」
仰ぎ見ながらそう尋ねる私に
「もう会えないのよ。バイバイだもの。」
母は事も無げにそう答え、私は黙って俯いたまま小さな胸がチクチクと痛むのに耐えた。
母と一緒に住むことになった新しい部屋には、一人の男性が時折訪ねてきた。
彼は部屋を訪ねる時、いつも私におもちゃや洋服やお菓子を持ってきてくれた。一緒に遊んでくれる時もあった。
私はいつの間にか彼を『パパ』と呼ぶようになり、パパはいつも私に優しかった。
晴れた日曜日、ママとパパと私の三人で手を繋いで出かけるのが、私の何よりの楽しみで、パパとママの間でピョンピョンと飛び跳ね嬉しさを全身で表す私は幸せだった。
ママとパパの怒鳴りあう声が聞こえる日が増えるにつれ、パパが訪ねる日は減っていった。
「パパは?」
「さあね。もう来ないかもしれないわ。」
私は、自分の幸せな時間がもうすぐ終わるのだと感じていた。
パパが来なくなると、ママは仕事が忙しくなり家にいる時間は少なくなっていった。学校に通うようになっていた私は、それでも学校で友達たちと一緒に居られることで少しは寂しさを紛らわせることが出来ていたのかもしれない。思春期を迎える頃に私は初めて恋をした。
今までのように一方的に相手を愛するだけでなく、相手からも応えられる喜びを知った。
体の関係が出来ると彼は幾度と無く私を求め、私は愛する人に自分を必要とされ求められているのだという感覚に酔いしれていた。そのうち、彼が私と逢う時は私を抱く時だけなのに気付いたが、それでも肌と肌を触れ合わせる瞬間に感じる確かな存在感は私を捕らえ離しはしなかった。
彼が求めるのなら、私を必要としてくれるのならそれだけでよかった。それが私の幸せだった。
ある時、私は自分が妊娠しているのに気付き、彼に告げた。それきり彼は私の前から消えてしまった。二度と現れることは無かった。
「この馬鹿女っ!」
妊娠を告げる私に母はそう言うと、口汚く罵り私をぶった。母にとって女の体は利用するものであって、男に利用されるものでは無かったのだ。
何度も私を罵倒し殴りつけた。私は壁にしたたかに頭を打ちつけ、遠ざかる意識の中で遠く幼かった頃の自分を思い出していた。暗闇にたった一人で膝を抱える少女…。
目を覚ました私は、一人病院のベッドの上に居た。柔らかな日差しが差し込むその部屋で鈍く痛む頭と腹部に手をあてながら、股間に当てられた分厚いナプキンの感触に、私は自分の胎内に息づいていた小さな命が奪われたのを知った。


いつもいつも…私の大切な者たちは私を置いてどこかに行ってしまうのだ。私を一人取り残して消えてしまうのだ…。
「うっうっうっうっ…」
私は手で顔を覆うと、声を殺して泣いた。泣いて、泣いて、泣き疲れて再び深い眠りに落ちてゆくまで泣いた。


いつだって私は小さな幸せが欲しかっただけなのに。
確かに感じることの出来る暖かさが欲しかっただけなのに。私が注いだ愛をほんの少し返してくれるだけでよかったのに。
指先を掠めたと思うとすり抜けてゆく。
隣で眠る彼が身じろいだ。
…ああ、きっとこの人もいつか私の前から消えてしまうのだろう。私を一人置いてどこかに行ってしまうのだろう…
「ぅ…ぅぅん…」
苦しそうな顔をして、彼が呻く。
ねぇ、ショーゴ…あなたも怖い夢に魘された夜があった?
真っ暗な部屋で一人目覚めて泣いてしまったことがあった?あなたには、泣きじゃくる幼いあなたを優しく抱きしめて慰めてくれる人が居た?
…しょうチャン、イイコイイコネ…オリコウサンネ…
私はあなたの傍に居る。あなたが私の前から消えてしまうまで。私はあなたの傍に居る。


私は眠る彼の唇に、そっと自分の唇を重ねていった。


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