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愛獄戯館
【SM 官能小説】

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愛獄戯館-2


………


 この珈琲屋にユミコはよく出入りしているようだなと言いながら、老翁は洒落た帽子をおも
むろに脱ぎ、店のカウンターの奥の椅子に座るといつもの珈琲を注文した。しとしとと秋の雨
が降り続くこんな夜にこの店を訪れるほかの客もなく、ケイジロウの店には老翁以外にだれも
いなかった。

老翁が初めてユミコさんをケイジロウの店に連れてきたとき、四十路頃のユミコさんとは、ど
う見ても親子ほどの歳が離れているところから父親であると、彼はそう思ったのだが、これは
娘ではない、わたしの妻だと、ユミコさんのなめらかな頬に卑猥とも思える細く伸びた指を触
れ、べっとりと脂を塗りつけた白髪を光らせ、歌舞伎役者の女形のような瓜実顔の面立ちをゆ
がませ、土器色の唇から淫靡にそうつぶやくやいたのだが、ユミコさんは顔色ひとつ変えるこ
となく、老翁の指を薄紅色の頬に受け入れたのだった。

あれ以来、何度かこの店をひとりで訪れたユミコさんにたいして、ケイジロウは淡く浮かんで
くる淡い恋情をただじっと胸に秘めつづけていた。やや小柄なふっくらとした容姿のユミコさ
んは、目元と鼻筋に冷たい美しさを醸し出し、紅に縁どられた、ぽってりとした小さな唇は、
吸うと甘酸っぱい毒を滴らせる冷酷な蕾に見えるのが不思議だった。そうでありながらもいつ
も和服を着て涼しげな顔をしたユミコさんの結い上げた黒髪の根元は、真っ白なうなじを妖艶
にのぞかせていた。薄い紫地の生地には落ち着いた花柄の文様が描かれ、白い帯がゆるやかに
括れた腰を締めているのが、なぜか彼女の着物の下にあるからだを戒めているように見え、着
物の下で蠢く彼女のからだに秘められたものが肉惑的に色めき、不思議なほどケイジロウの心
をくすぐるように疼かせるのだった。


今夜はおひとりなのですねと、ケイジロウは老翁と目を合わせることなくつぶやくと、老翁は、
カウンターに置かれたランプの琥珀色の光に照らされた唇を開き、ここを訪れるのはわたしよ
りもユミコの方を望んでいるのではないかと苦々しい笑みを浮かべ、それにしても若いのにき
みはじつに美味しい珈琲をいれる、きみはいくつになるのか、ほう、二十八歳にしてこんな深
みのある、魅力的な珈琲を客に出すことができるとはたいしたものだと言いながら、それにし
てもあんな場所できみに会うとは奇遇だなと薄い笑みを皺が刻まれた頬に浮かべたのだが、あ
のとき、あなたの妻であるユミコさんに会っていたとはもちろん口に出すことはできず、ケイ
ジロウは黙ってうつむき、注文された珈琲を入れる準備をする。

あのとき、あの館でケイジロウがユミコさんとの情交を終えたあと、ひと目についたらいけま
せんから先に出てくださいと言う彼女を部屋に残して、路地を小走りに歩いていたところで
老翁を見かけたとき、ケイジロウは老翁の視線を避けるようにすれ違ったのだが、老翁ははっ
きりと彼のことを憶えていたようだった。


不思議な出会いだった…。ユミコさんが夫である老翁と店を訪れたあと、なんどか彼女ひとり
で店に来たとき、なんら彼と会話を交わすことがなかったが、ある日、何気なく彼女が店を出
ようとしてガラス扉の前に佇んだとき、外を眺めながらユミコさんは、雨はやみそうもないわ
ねとぽつんと呟いたので、傘をお貸ししますよと声をかけたケイジロウに、夫のところへ帰ら
なければならない傘をわたくしにお与えになるというのかしら…とケイジロウの肩にそっと頬
をよせたとき、彼女の麗しい香水の匂いが蜂蜜色に濃さを増し、彼のからだに滲み入ってくる
のがとても愛おしく、まるで身体が自然に動くように思わず彼女を抱きしめたのだが、ユミコ
さんはケイジロウを拒むことなく、むしろ彼女の柔らかいからだは逆に彼の肉体をまさぐるよ
うにしっとりと官能的にまとわりつき、彼は熟れた四十路の女の情欲の深みに触れたような気
がしたと同時に、ぞっとするような怯えに心を締めつけられたのは嘘ではなかった。


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