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おしの洞
【ホラー 官能小説】

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夏の村-2

その辺りに宿は、と聞いてもないと言う。観光客が行くような場所ではないらしい。時計を見ればすでに14時を回っていた。行くだけ行って、帰りはタクシーでも呼べばいいかと彼は行ってみることにした。
駅まで戻り時刻表を見ると見事に1時間に2本しかない。絵に描いたような田舎である。
あと20分ほどあるので、駅前の観光案内所に飛び込んで今夜の宿を予約しておいた。駅前のビジネスホテルだ。小さいながらコンビにもあるし、夜までに戻ればなんの問題もなさそうだった。
バスに揺られ、終点までやって来た。駅から乗り込んだ乗客は彼を含め数人いたが、みな途中で降りて行き最後まで乗っていたのは彼ひとりだ。
バスを降りるとき、運転手に「おしの洞」への行き方を訊ねるとまたしても「あんなところ、何にもないですよ」と言う返事が戻って来た。たいした収穫はなさそうだが、地元民に「おしの洞」と呼ばれているからには、例の伝説は存在するのだろう。
朽ちたベンチがポツンと置かれたバス停から、教えられるままブラブラと歩いた。スマホを出すと電波が弱い。チっと舌打ちをした。
民家もない。田んぼのあぜ道を進むと、正面にこんもりとした雑木林が見えた。
こんな田舎じゃ普段の買物にだって困るだろうな、などと考えながら雑木林に入って行った。完全にスマホの電波は途切れた。先にタクシーの予約をしておいた方がよかったかな、と一瞬思った。
枯れ枝を踏みながら中に進むと、気温が何度か下がったような気がした。鬱蒼と茂っているわけでもないのに、陽が入らないのだ。東京より気温は低い地方だし、汗だくになってやぶ蚊が耳元で不快な羽音を立てるより格段にいい。
雑木林をかなり入ったところに大きな崖があり、木の根が血管のように張り付いている。崖の上には木が生えていて枝を広げ、空を塞いでいた。
崖には確かに大きな岩で塞がれたような小さな洞穴があった。若干の隙間はあるがぴったりとはまり込んでいて、とても自然に塞がったとは思えない。
やはり何らかの理由で、この洞を塞いだのだ。
角度を変えて写真を撮った。
特に案内板もないし、ましてや「おしの洞」と書かれた看板も説明書きもない。「おしの」とは女性名だろうか。なぜ地元民にそう呼ばれているのかは、明日またあの無愛想な受付に聞いてみよう。はまり込んだ岩に触れてみた。何のために塞いで、何を封じ込めたのだろう。
例えば――流行病の元となった住人を隔離するために閉じ込めた。その事実を歪曲させ時を経てそれが「魔物」になった。
東京に戻ったら、かつてこの地方にそう言った歴史がなかったか調べよう。
あるいは、村八分となった者が見せしめで閉じ込められたのか。その怨念を恐れた住人たちが、魔物と称して後世に伝えたのか。
単なる伝説と史実が一本の線になる快感を覚え、彼は満足気に洞から離れた。時計はすでに17時近くなっていた。まだまだ明るいはずだが、どうもここは暗い。
戻ろうと、足を踏み出した時彼はふと違和感に襲われた。
夏なのにセミが鳴いていない。これだけ樹木が生えているのに?空を見上げると枝葉が覆いかぶさるように茂っている。森の中にいるのに、なんだか息苦しい。
彼はなんとなく薄気味悪さを感じて、足早に来た道を戻った。


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