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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾誘翅-3

 突如苦しくなった二人の入道、動きが鈍った。これを見逃す八魔多ではない。猿臂伸ばして伊三の肩を打ち砕き、怯んだところを返す刀で斬首した。
 弟がやられたのを目の当たりにした青海は毒気を帯びながらも八魔多へ躍りかかった。が、動きに精彩を欠いた。隙を狙った八魔多の大刀が青海の脛を断ち割り、思わず転げたところを一刀両断にしてしまった。
 陣頭の両雄、青海と伊三を失った真田勢は足が止まる。その機に乗じて八魔多は敵の大将首を狙って奔馳した。俊敏に兵の間をすり抜け、大股に兵の頭を飛び越えて幸村に肉迫。そして大きく躍り上がると、唐竹割りの勢いで剛刀を振り下ろした。馬上の幸村は自慢の十文字槍で受け払う。が、八魔多の膂力物凄く、槍の穂先、湾曲した横刃を一つ折ってしまう。怯まず幸村、足下の敵に手練の突きを繰り出すも、八魔多はまた剛斬で残る横刃を叩き折る。それでも幸村、怒濤の百連突き。しかし八魔多は獣のごとき素早さで突きをかわし、ついには槍の穂までをも真っ二つ。幸村、槍をうち捨て佩刀抜いて八相に構える。八魔多の大刀も夥しく刃こぼれしていたが、その鋸(のこぎり)さながらの刀を脇構えにし、いったん下がると助走をつけて突進。跳躍・飛揚した。宙で大上段に振りかぶる。
 仰ぎ見る幸村。その兜の前立では六文銭の意匠が四つ砕け、一つは大きく罅(ひび)が入っていた。が、残る一つが突如光り輝いた。
 八魔多は一瞬目を細めるも、振り下ろす刀にさらなる力を込めた。相手は咄嗟に刀を面前で横構えしたが、自分の剛刀がその受け太刀を破断する手応えを感じた。続いて幸村の顔面に刃が深く食い込む感触が両手に伝わった。
 その感触は確かにあった。が、幸村の顔に亀裂は走らず、血潮も噴き出さなかった。次の瞬間、八魔多は「驚愕」を顔に貼り付けたまま、刃(やいば)……折れた幸村の刀の鋭利に欠けた部分……を首に突き立てられた。
 鍔(つば)が首に密着するほど深々と刃を突き立てられた八魔多は、驚愕に憤悶の色を加えて身体を強張らせた。

『な……なぜに斬れぬ……………………』

眼(まなこ)血走り、ギリリッと歯噛みした挙げ句、八魔多は大量に吐血して悶死した。
 時同じく場所を異にして、千夜は虚空から現れた大刀によって顔面を断ち割られ、血しぶき上げて仰のけに倒れていた。その血潮は隣に横倒しになっていた早喜の身体に降りかかり、衣に色濃く滲んでいった。
 さらに場所を異にして、山楝蛇は今度こそ確実に八魔多の死を感得した。

「しくじったわい。八魔多の気力旺盛なるがゆえに加勢の毒霧を差し向けなんだ。……いかん。幸村め、騎虎の勢いで駆け始めた……」

山楝蛇は幸村の周囲に毒霧の渦を起こそうと神経を集中した。が、彼の駒は脚に羽が生えたかのように目覚ましい速さで疾駆する。毒霧が生まれては後ろに流れ、また生まれては後ろに流れる。幸村の突進する先には家康本陣。家来衆は金扇の馬標(うまじるし)もうち捨て散り散りに逃げ、大御所に付き従うのはわずか数騎のみ。
 幸村の双眸は獲物を仕留める獣の色を帯び、赤備えの甲冑は炎を纏っているようだった。彼方に見える家康は背走せんとする本能と刃向かおうという矜恃で、半身を見せたまま凝り固まっていた。
 幸村は刃折れした刀をうち捨て鎧通しを抜くと、大きく開けた口と満身の毛穴から突貫の叫びを上げ、家康めがけて猛襲した。
 ところが、大御所の目前で駒の脚が突如鈍った。見ると、どす黒い霧状のものが馬脚に絡みついている。
 山楝蛇は渾身の力を振り絞って念じていた。力むあまり、切断された脚の傷口から血が染み出し、鼻血も流すほどだった。
 幸村は家康の前で立ち往生。及び腰だった大御所の供回りはようやく奮起し、馬上の幸村めがけて槍を繰り出す。その間に家康は家臣に促されて後方へ退く。幸村は左右から槍で攻められるも必死にさばき、両腿で馬体をきつく挟んで駒を督励すると大きく棹立ちにさせ黒霧の呪縛から抜けた。愛馬はそのまま二、三度跳ね、また駆け出す。
 しかし今度は、行く手に黒霧の分厚い壁が立ち塞がった。壁の表面は無数に渦巻き、邪悪な気を発している。幸村がいくら馬を鞭打っても先に進まなくなった。そうこうしているうちに周囲は敵勢で満ちあふれる。

「あと一息…………、あと一息で家康の首が獲れたものを………………!!」

臍(ほぞ)を噬(か)んだが、これ以上進むことは出来なかった。幸村は馬首をめぐらし、向こうで戦っている手勢に合流しようと、敵を牽制しつつ進み、隙を見て駒を疾駆させ、戦塵の中へと消えていった。

 その後、真田勢は茶臼山まで後退し、松平勢と果敢に戦ったが、時の経過とともに兵を甚だしく損じ、未(ひつじ)の刻(午後二時頃)にはわずかな手勢しか残っていなかった。
 ここまで奮戦していた筧十蔵も敵の度重なる鉄砲斉射の餌食となり身体中に鉛玉を浴びて討ち死にした。娘の飛奈も必死に撃ち返していたが弾が尽き、されば忍刀で戦うまでと躍り上がったところを猛射され、全身蜂の巣となって頽(くずお)れた。
 敵に虚報を流し翻弄していた海野六郎も己に百倍する敵に囲まれ、ついには無数の槍に突き伏せられ、戦場の露と消えた。


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