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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾誘翅-2

 その頃、傀儡女たちの中に最初の犠牲者が出ていた。

「あっ、睦!」

早喜が思わず叫ぶ。対面の睦の額にボッと穴があき、太い血の糸を引いてのけ反ったのだ。両手がつながれているので睦が倒れることはなかったが、絶命したことは誰の目にも明らかだった。傀儡女たちに動揺が走る。
 時を同じくして戦場の幸村の兜、その六文銭の前立に変化が起こった。上段に三つ、下段に三つ並ぶ銭のうち、右上の一つが砕け散ったのだ。
 幸村は夢中で戦っていたので『影負ひ』の術が発動していることに気づいていなかったが、己に命中すべき弾丸が寸前で掻き消えたのをしっかり見たことで、禁術が施されており、自分の代わりに傀儡女の誰かが犠牲になったであろうことが分かった。

「済まぬ…………!」

痛惜に堪えぬ思いが込み上げたが、松平勢が鬨(とき)の声を上げて押し寄せてきたので自陣への指令を声高に叫ぶ。
 徳川方の物量にものをいわせる鉄砲攻めは徐々に凄まじさを増し、彼方此方(あなたこなた)で兵を仕切る影武者たちも次々と被弾していった。
 穴山小助は右太腿を撃たれ、それでも堪えて采配を揮うところを今度は左脛を打たれて落馬。そこを敵の槍衆に襲われ、五人を相手にして善戦するも最後には力尽き、絶命。
 根津甚八は手脚に無数の銃創をこしらえ血まみれになっていたが、それでもよく兵を指揮していた。が、至近距離から大鎧の胸部を撃ち抜かれ、心の臓をやられて最期を遂げてしまった。
 由利鎌之助は敵の部将と馬上槍で渡り合っていたが互いに落馬し、地上で組み打ちを演じた末、相手の首に脇差しを突き刺したが、同時に鎌之助も背後から雑兵の長槍を受け、左右からも突き掛かられて命の炎を消した。
 望月六郎は馬の脚を鉄砲でやられ、進退自在ならぬところを敵勢に取り囲まれ、「もはや是非もなし!」と叫んで腹に巻いていた爆薬に点火して壮絶に爆死。周囲の敵十数名を道連れにした。

 影武者たちの姿が乱戦の中に消え、鹿角六文銭前立兜の大将は幸村だけになった。
 徳川勢の鉄砲は彼に集中する。しかし、不思議と幸村は斃(たお)れなかった。残る手勢を叱咤し、家康本陣めがけて突き進んでくる。赤備えの真田勢悉くが火の玉となって突進してくる。これを見て家康は怖気(おぞけ)をふるった。

「いよいよもって最期のようじゃ。切腹するゆえ介錯を頼む!」

覚悟した家康だが、短刀をつかんだその手を押さえる者があった。高坂八魔多だった。

「大御所様らしからぬ短慮。まだまだ大丈夫ゆえ鷹揚に、でんとお構えなされ。ここは伊賀者の頭領である高坂にお任せを!」

言うが早いか大刀振りかざし、砂塵蹴立てて真田勢に突っ込んでゆく。配下の伊賀者も大国火矢(火薬を詰めた筒を大きな矢に括り付けて飛ばす武器)を連発して八魔多を援護する。

 いっぽう、傀儡女たちは幸村の身代わりとして深手を負い、鬼籍に入る者が続出していた。
 音夢は睦と同様、頭に被弾して無残に絶命。由利は腰に一発もらい、それでも必死に誦文を唱えていたが、肺に穴を開けられ事切れてしまった。
 久乃は腹部に大国火矢が突き刺さり眼下に爆裂寸前のありさまを見た。仲間を巻き込むまいと咄嗟につないだ両手をふりほどき突っ伏す。爆発が起こり、久乃の身体は一尺ほど浮き上がった。意識が途絶える直前、彼女は亡き真田昌幸と後藤又兵衛の両名が微笑んで手を差し伸べる光景を目にした。ゆえに久乃の表情は、フッと柔らかなものに変わり、その顔のままこの世を後にすることとなった。
 久乃の機転で大国火矢の炸裂から免れた千夜と早喜は、何とも言えない表情で久乃の亡骸を見下ろしていたが、きつく頭を振ると両手を伸ばして握り合い、気丈に秘術を続行した。
 再三生じる弾傷にさらなる傷をこしらえながら、千夜と早喜は幸村の身を守ろうと秘文、誦文を唱え続けた。だが、ついには早喜も胸に鉛玉をくらい、昏倒してしまう。残るは千夜一人となった。だが、秘文を絶やすことは出来ない。彼女は残る力を振り絞って詠唱した。

 戦場に於ける八魔多の力量は恐るべきものだった。一時は稀代・伊代の毒に侵された彼だったが、山楝蛇の特効薬により回復し、今、持てる力を存分に発揮していた。初めは馬上にて長槍を振り回し、真田兵を盛んに薙ぎ倒していたが、馬を撃たれて下馬すると、今度は大刀引き抜き旋風のごとき体裁きで兵を打ち倒していった。蛮力烈々。その無双ぶりに幸村勢の猪突が弱まった。
 そこへ挑みかかったのが三好清海入道・伊三入道。伊三は利き手を怪我していたが、それでも不得手なほうの腕で金棒を振るい、兄とともに八魔多へ立ち向かっていった。
 無双対二つの剛力。戦いは激しく火花を散らし、数十合打ち合ったが、二対一ではさしもの八魔多も苦戦した。
 この様子を、遙か彼方の某所より心の目で見ているものがあった。山楝蛇である。お婆は脚が不自由ゆえ戦の最前線には出られなかったが、遠所より毒霧を発生させるという離れ業は失っていなかった。的確に清海入道の鼻先へ矮小なるも濃厚な毒霧を作りだし、同じものを伊三入道の顔面に纏わり付かせた。


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