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海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

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忘れられない香り-3

 6年前。洋輔が大学を卒業した年。3月の水泳部の仲間との飲み会の後――

 洋輔より二年先輩で、すでに就職している稲垣美紀に連れられて、彼は彼女のワンルームマンションの部屋までやって来ていた。
「どうぞ、久宝君」美紀が言ってドアを開けた。
 洋輔は、その玄関に座り込んでスニーカーを片足ずつ脱いだ後、足下をふらつかせながら立ち上がった。
「美紀せーんぱいっ」
「久宝君、ずいぶん飲んだね。大丈夫?」
「大丈夫っす」洋輔は狭い玄関ホールに突っ立って鼻をくんくんと鳴らした。「なんかいい匂いがしますね」
「とにかく中に入りなよ」美紀はそう言って洋輔の手を引き、奥の部屋のカーペットの上に座らせた。
 美紀はキッチンの冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出して部屋に戻った。
「ただの水がよかった?」
 正座をしていた洋輔は手を膝に置いたまま横に立った美紀を見上げた。
 じっと美紀の目を見つめて黙っていた洋輔は、しばらくしてからぽつりと言った。「ください、それ」

 美紀から受け取ったペットボトルのお茶を、洋輔はごくごくと一気に飲み干した。そしてはあっと大きなため息をつくと、体育座りになって膝を抱えた。
「すんません、先輩、ご厄介になっちまって」
「いいのよ、気にしないで、久宝君」
「でも、俺んち、こっから歩いて10分すよ? なんで美紀先輩のとこに泊まんなきゃなんないんだろ」
 洋輔は頭を抱えた。
 美紀は思いきり呆れ顔をした。「言ってたじゃない、久宝君。ご両親とけんかして今日は帰らないって。さっき」
「そう、そうなんすよ」洋輔は膝をぽんと叩いて目を上げた。
 美紀は彼の横に座った。「聞いてくださいよ。先輩。親父もお袋も、俺に言うんです。おまえ、就職はどうすんだ、って」
「就職?」
「そうっす。だって、ケンジは地元でスイミングスクールのインストラクター、堅城は海上保安官、」
「小泉君は大企業『二階堂商事』だったよね」
 洋輔は口をとがらせた。「同級生の中で俺だけっすよ、就職してないの」
「居酒屋の跡を継ぐんじゃないの?」
 洋輔は一つうなずいた。「うん。俺もそのつもりで、ここで働く、って言ったら、ずっと接客やるつもりか、おまえ厨房に入ったことねえだろ! ってえらい剣幕で」
「調理師の資格を取れ、ってこと?」
「いきなりそんなこと言われても無理だ、って話っすよ。大学では泳いでばっかいたわけだし」
「お店で修行すればいいじゃない」
 洋輔はおもしろくなさそうに口をゆがめた。「あんな口うるさい親父の下でなんか、働きたくないんす」
 美紀は肩をすくめた。「で、今日はプチ家出するつもりで出てきたわけね?」
「俺もぶち切れて、じゃあ出てってやる、って啖呵切って……」
 美紀は遠慮なく大きなため息をついた。「もう一本飲む?」
「すんません」洋輔はうなずいた。

 二本目のペットボトルをすぐに空にした洋輔は、再び正座をして、ベッドの端に座った美紀に問いかけた。
「先輩は『マリーズコーヒー』に就職してるんすよね?」
「そうよ」
「先輩もう卒業して二年でしょ? 仕事、順調っすか?」
「接客はあんまり苦にならない。コーヒーのことにも詳しくなれるし、マフィンとかクッキーとか焼いたりラッピングしたりするの楽しいよ」
「そうなんすね……」
「でもあたしコーヒー昔から苦手なんだよね」
「そうでしたよね、じゃあなんでコーヒー屋に就職しようなんて思ったんすか?」
「苦手克服の意味もちょっとあった」美紀は笑った。「まだ無理だけど」
「変なの……」
「まだ来てくれたことないよね、久宝君。来てみてよ、お店に」
「そうっすね。そのうち行きます」

 美紀は立ち上がり、洋輔が握っていた空のペットボトルを取り上げた。「少しは酔い、醒めた?」
「はい、おかげさまで……」
「シャワー浴びたら?」
「え? いいんすか」
「汗、かいてるでしょ?」
「すんません……」
「着替え、ちゃんと持ってきてるんでしょ?」
 洋輔はバッグを開けてごそごそと中を漁った。「パンツだけ……」
「はあ?!」美紀は呆れた。「なによそれ。下着以外は着たきり?」
「パンツだけはちゃんと、清潔にしときたいんすよ」
「家出してきたんでしょ? 何よその軽装備。でもまあ、下着に拘るってのは見上げた心がけだわね。で、寝る時はどうするの? またそのシャツにジーンズをパジャマ代わりにする気?」
 洋輔はうつむいて、恐る恐る言った。「お、俺、いつも寝る時はパンツ一丁なんすよ。やっぱ、だめっすよね? ここでは」
 あはは、と美紀は笑った。「平気よ。いつも部活で水着姿のあなた達男子部員をイヤと言うほど見てたからね」
「イヤイヤ見てたんすか? 俺たちを」
 美紀は噴き出した。「ぎらぎらした目で見てて欲しかった?」
「すんません。先輩、寝る時はこっち見ないでくれます?」
「恥ずかしいの?」
「そ、そりゃそうっすよ。それに、」洋輔は言葉を切って頬を赤くした。「先輩にじっと見られたら、俺、変な気持ちになっちまう……」
 美紀はふふっと笑った。「わかった。でもごめんね、そのカーペットの上に休んでもらっていい? ケットはちゃんと貸してあげる」
「十分っす」
 洋輔は立ち上がり、バスルームに向かった。


 歯磨きを終えて美紀が部屋に戻ってきた時、洋輔はすでにカーペットの上でケットをかぶり、赤い顔をして丸くなって眠っていた。
 灯りを消してベッドに横になると、洋輔の寝息だけが美紀の耳に聞こえてきた。
 美紀はなかなか寝付けなかった。こうして成り行きとはいえ、二つ違いの男子を自分が一人暮らしをしている部屋に泊めることにしたのは、やっぱり問題だったかな、と思ったりした。しかし、その寝付かれない理由が、その時異様に熱くなっていた自分の身体のせいだということもわかっていた。


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