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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾参-3

 徳川家康はこの戦、力攻めは考えていなかった。攻城戦には籠城側の三倍の兵力が必要とされており、現に徳川方はそれを満たす兵数を有してはいたが、大御所は慎重に事を運んでいた。大坂城の周囲に付城を多数築いて外部からの連絡を遮断させ、天満川から大坂城へ流れる水を堰き止めて城の濠を干上がらせようとした。さらに織田有楽斎を通じて徳川に有利な条件の和睦交渉も水面下で始めていた。そのため、城攻めの指令はなかなか発せられない。
 が、大坂城を包囲する徳川方の諸将の中には焦(じ)れ始める者も出てきていた。真田丸の前方に陣を構える前田利常もそうであり、彼は前衛部隊に塹壕を掘りながら少しずつ接近するよう命じていた。
 その動きをつかんだ幸村は「ついに動きだしたか」と微かな笑みを浮かべ、塹壕造りを鉄砲で阻害するよう配下の筧十蔵に命ずる。彼は、いざ出番と勇躍し、娘の飛奈を伴って真田丸前方に位置する篠山へと繰り出した。
 十蔵をはじめ雑賀衆は枯れ草色の装束、同じ色の頭巾、黒い頬当てという出で立ちだった。飛奈も混じっていたが、同じ身なりのため、誰も女だとは思わない。
 丘の篠藪に身を潜め、前田隊を狙撃する十蔵らの銃弾は狙いあやまたず、着実に敵兵を倒していった。火縄銃は現代のライフル銃と違い弾(たま)に回転がかからず空気抵抗が大きい。そのため鉛玉は進むにつれて大きく曲がる。しかし雑賀衆は自分の銃の癖を熟知しており、曲がりを計算に入れて撃っていた。飛奈も同じで男どもに負けぬ腕前を披露し、次々と前田の兵に銃創をこしらえていった。
 篠山からの真田の攻撃は連日続き、ついに業を煮やした前田利常は十二月四日の未明、先鋒として本多政重に篠山攻略を命じた。この政重、前もって傀儡女の沙笑が功名心を煽っていたこともあり、勇んで手勢四千を率い篠山へ攻め登った。
 しかし、小山の上は無人であった。幸村の命(めい)で十蔵らは真田丸へ撤退していたのである。どうしたものかと政重が戸惑っていると、出丸側から一発の銃声が聞こえた。玉は政重の鼻先をかすめ、思わず彼がよろめくと、山裾から哄笑が聞こえた。飛奈のものだった。

「女だと?……」

戦場に女とは不可解だったが、政重は頭に血がのぼった。

「このまま攻め下れい!」

下知を発するやいなや先頭で篠山を駆け下りた。飛奈は素早く真田丸の東門へと走り曲輪内へと姿を消した。

 政重の部隊は真田丸の外周に辿り着き、東西に長く築かれた土塁の一箇所に取りつくと柵列に手を掛け引き倒し始めた。この騒ぎを前田利常の本隊八千が聞きつけ「遅れをとってはならじ」と篠山を急ぎ越え、真田丸へと殺到した。鬨の声は前田隊の横、松平忠直隊一万と井伊直孝隊四千にも聞こえた。この時、城の八丁目口付近の後方で豊臣方の足軽が火薬に火縄を誤って落とすという失態があり、結果、猛烈な爆発が起こった。この爆裂音を聞いて、内応を約していた南条元忠の合図だと松平忠直と井伊直孝は勘違いし、「時、至れり。皆の者、かかれーー!」と出丸西方の惣構え八丁目口へ向けて部隊を押し出した。
 すでに前田勢は真田丸の手前で広く展開している。松平忠直は睦が、井伊直孝は早喜が、前もって功名心を煽っていたが、それがここで奏効した。「前田に引けを取るな。我らも押せ、押せ、押せーーー!」忠直、直孝、異口同音に叫び、それにつられて藤堂高虎隊四千も駆け始める。
『軽挙妄動は慎め』と家康から厳命されていたにもかかわらず、抜け駆けの功名に目がくらんだ前田、松平、井伊、そして藤堂の四隊は、鉄砲の弾除けになる竹束も途中でうち捨てて突進した。長さ六尺(約180センチ)・幅一尺(約30センチ)の竹束を五列に連ね、それを二人がかりで担ぐのだから先陣争いの折には、かような弾除けなど邪魔でしかたない。
 三万余の徳川勢が真田丸と八丁目口に攻め寄せた。鯨波(大勢が一度にどっとあげる声)は大気を震わせ、無数の足音は地響きとなって城内六千の臓腑を揺るがした。

「おいでなすった。さあ、鉛玉の餌食にしてやるぜ」

城壁の銃眼に陣取った飛奈が火蓋を開けて発砲に備える。隣で父の筧十蔵も火縄の具合を確かめ、準備に怠りない。同様に無数の鉄砲狭間の前で雑賀衆はじめ火縄銃の扱いに長けた兵が満を持していた。鉄砲隊をはじめ、真田丸に率先して入った兵たちは、傀儡女の人形芝居などで真田の戦巧者ぶりを知っており、今、自らも幸村の采配で戦えることを至上の喜びとしていた。

 寄せ手は真田丸の一番外側の土塁を乗り越え、幅十間(約18メートル)の空堀を駆け抜ける。中央の櫓よりこの様子を見下ろしていた幸村だが、まだ発砲の許可は出さない。高さ七間(約12.6メートル)の土の斜面に敵勢は取りつこうとするが、その前には逆茂木がびっしりと打ち立てられ侵入を阻む。先頭の敵兵は茨(いばら)の枝を抜き取ろうと奮闘するが、そうしているうちにも後続勢が押し寄せる。
 前が閊(つか)えているのに兵がどんどん増え、押し合いへし合いする。ここに鉄砲を撃ち込めば大いに損害を与えることが出来るだろう。しかし、いまだ幸村の持つ采配は振られない。


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