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珍客商売〜堕ちた女武芸者〜
【歴史物 官能小説】

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深まる謎-2

「しかし…!」
 椿は些か不服なようだった。
「私は…あの哀れな娘の仇をとってやりたいのです! もしもその正体が隠密で使命の為に命を落としたのなら…なおさらです!!」
 椿はきっと唇を結び、膝に置かれた拳を固く握り締めた。
「うら若き娘の…大切な…か、隠しどころを…刀で貫いて殺すような畜生どもに、私からせめて一太刀浴びせてやりたいのです!!」
 『隠しどころ』という言葉を発する時、椿はぽっと頬を染めて言い淀んだ。
 その仕草がなんとも初々しく、生娘の恥じらいが感じられて藤兵衛は思わず目を細めた。
 しかし、それとこれとは話が別だ。
 理由はどうあれ老中・沼田義興が娘をみすみす危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 娘を大切に思う親心を慮れば当然の話であろう。これは年長者としての義務でもある。
「この一件、お前さんにはちと荷が重い。悪いことは言わぬ。ワシと大二郎に任せておきなさい。お前さんは剣の腕が立つし、よもや敵に遅れをとるとは思わぬが…。残忍な一味じゃ、もし万が一、捕らわれて女の身と知れたらどうする? 何をされるかわからんぞ?!」
 藤兵衛はもちろん言外に、
(お前さんも大切な操を奪われたり、女の隠しどころに刀を突き刺されかねんぞ?!)
 …という含みを匂わせていた。
「…はい。では秋山先生の仰る通りにいたします」
 渋々承知する椿。
 しかし本当は承服しかねる様子だ。二人の間にはどこか気まずい沈黙が流れた。
 そこに大二郎がばたばたと戻って来た。
「つつ、椿殿! お待たせいたしました! 椿殿のお好きな山本屋の桜餅にございます!」
 この時代、塩漬けにした隅田川沿いの桜の葉を使った桜餅が大評判をとっていた。大二郎は得意の健脚で向島まで突っ走り、買ってきたのである。
「椿殿、少々お待ちくだされ! 今、熱い茶を淹れますゆえ!!」
「大二郎殿、いつもすみませぬな」
 椿は茶の支度をする大二郎を笑って見ている。
 この大仰な態度ひとつとっても大二郎が椿に惚れ抜いているのは明らかなのだが、鈍感な椿はそれに気づいていない。
 椿が秋山道場に現れた時から一目惚れであった。
 大二郎は椿を目の前にするとすっかり上がってしまい、椿相手の稽古だと普段の半分の実力も発揮できず打ち据えられてしまう。
 なんとかしたいと大二郎も常に思っているのだが、剣術ばかりに明け暮れてきた朴念仁、しかも未だ女の身体も知らぬとあっては自分の思いをうまく伝える術もない。
(相変わらず口下手な奴じゃのう。この不器用な息子の恋を成就させてやりたいものよ。何か良いきっかけでもあればいいのだが…)
 藤兵衛は若い二人を見ながら別の思案に耽るのだった。

 翌日、ここは秋山藤兵衛の隠居宅。
 浅草の外れに建てられた、木立に囲まれた小川沿いの民家である。
 そこに一人の御用聞きが訪ねてきた。見れば髪をひっつめ、羽織姿で男のなりをしてはいるが、まだ若い年増盛り(二十代前半)の女だ。
 四谷の左門町に居を構える岡っ引き・仏の長兵衛の一人娘。
 いつも大きな玉簪を差していることから、人呼んで『かんざしお京』と呼ばれている。
 南町奉行所の与力・平田作次郎の配下で、歳は若いが腕利きの岡っ引きだ。
「先生〜! お客さんが見えてるだよ!」
 藤兵衛の女房・お夏がお京を出迎えると、藤兵衛を呼んだ。
「ご隠居様、お久しぶりでございます」
「おお、お京ちゃんか! よう来てくれた。届けさせた書状にも書いたが、ちと頼みたいことがあってな…」
 二人は陽の当たる縁側に腰掛け、お夏が用意してくれた茶を飲みながら話し始めた。
「抜け荷…ですか…」
 お京は最初和やかに聞いてはいたが、次第に難しい顔になった。
 抜け荷といえば幕府のご禁制を破る重罪・極刑である。こんな大それた事を行うのはよほどの命知らずか権威を後ろ盾とした大物であろう。
 一介の岡っ引きがおいそれと手を出せる相手ではない。
「うむ。この割符が証拠じゃ。これを盗み取る為に既に一人の女が命を落としておる」
「その証拠を…沼田様のお嬢様が…手に入れなすったんで?」
「そうなんじゃ。あの娘は生来のじゃじゃ馬。事件に首を突っ込みたがっていかぬ。きつく戒めておいたんじゃが…」
「…そういえば、近頃、与力の平田様からそういった抜け荷の噂も聞き及びます。御公儀が密かに内偵を進めているのかもしれませぬな。私から平田様に相談し、心当たりに手を回してみましょう」
「うむ。頼むぞ、お京!」
 藤兵衛は終始穏やかに語っていたが、その目にはこれから巨悪を相手に戦うぞという気迫がこもっていた。
 その意思はお京にも十二分に伝わり、話が終わると早々に帰っていた。
「先生っ! なんであんな男女を家に呼んだだ!!」
 お京の後ろ姿を見送っている藤兵衛にお夏が食ってかかる。
「お夏や…。あの娘は大事な用事があって呼んだだけじゃ。ワシの妻はお前一人。あの娘のことは何とも思っとらんよ?」
「本当に本当だか?! 先生は女好きだで、おら、ちっとも気が休まらねぇだ!! せっかく家を買って田舎に引っ込んできただよ! もうあんな女、呼ばねぇでくんろ!!」
「わかった、わかった。もう呼ばぬから安心せい」
 涙ながらに抗議するお夏を藤兵衛はぎゅっと抱きしめてやる。
 新妻であるお夏の嫉妬深さにはいささか閉口気味の藤兵衛であった。

 そもそも、二人の馴れ初めはこうである。
 深川の道場で寝起きしていた秋山親子はある時、珍しくまとまった金が手に入ったので女中を一人雇うことにした。
 それがお夏だった。北葛飾村の生まれで、知人の紹介により初めて江戸に奉公に出てきたのである。
 お夏は素朴な顔立ちの純朴な娘で、藤兵衛と大二郎の為に食事から洗濯まで、甲斐甲斐しくよく働いてくれた。藤兵衛は父のように、大二郎は兄のようにお夏を可愛がった。


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