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珍客商売〜堕ちた女武芸者〜
【歴史物 官能小説】

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深まる謎-1

 翌日、思わぬ事態が椿を待っていた。
 自身番で昨夜の事情を話し、役人と共に承寛寺に行ってみれば、預けておいたはずの女の亡骸が忽然と消え失せていたのである。
「昨夜、洗い清めた亡骸をワシが供養しておったところ、いきなり後ろから棒のようなもので殴られましてな…」
 頭に包帯を巻いた住職は苦笑いすると、青白くむくんだ顔を歪ませた。
 弟子の僧たちと共に縛り上げられているところをやって来た百姓に助けられたのだという。
「笹原様の仰ることが嘘だとは申しませんが、何分死体がないのではこちらも調べようもございませんなぁ」
 役人はそう言って肩をすくめた。
 椿は思わずむっとする。亡骸がなくても近隣に聞き取りをするとか、他に打つ手はあるではないか。
 老中の妾腹ということで丁重な扱いをしているが、本心ではこちらを女と思い、見くびっているのだ。
 昨夜、女から受け取った革袋を懐から取り出して見せようとしたが、このようにやる気のない役人に証拠の品を渡しても無駄だと悟った。
「もうよい。お前たちには頼まぬ!」
 椿は不機嫌そうに言うと、そのまま深川に向かうことにした。
 謎の女が最期に言い残した『深川』『蛤』という言葉の意味を調べるためである。

 椿はまず三田に戻ると旧知の船宿で船を借り、船頭の操る猪牙船に乗って川を遡った。大川端町で船を降りると、永代橋を渡ればすぐ深川だ。
 深川というのは現在の江東区にあたる地域であり、昔は干潟であったものが埋め立てが進み、三代将軍の治世あたりから急速に発達した土地である。
 魚市場や干鰯場、木場、石置場などが多く、そこに集まる漁師や船乗り、木場の荒くれ男達がせわしなく行き交う活気のある下町であった。
 有名な深川不動堂や富岡八幡宮の門前には茶屋が立ち並び、色街もある。
 しかし、椿にも何か目算があったわけではない。何しろ名前も知らぬ女が今際の際に残した片言の言葉と革袋だけでは目星はつけようがない。

「これ。ちと物を訪ねるが、歳の頃は十七、八、肌は浅黒く、長い髪を後ろで束ねて短い袖なしの着物を着たおなごを知らぬか?」
 …などと盛り場で幾人かを捕まえて聞いてはみたが、皆一様に『俺は忙しいんだ』だの『金をくれ』だの、はては『お侍様はその娘によっぽど惚れているんでございますねぇ』などと呆れられる始末。
 仕方なく椿は深川の裏店にある秋山道場に足を向けた。
 秋山道場は、空家を改築して作ったみすぼらしい道場である。
 その門には『古今無双 柳剛流 秋山道場』と大層な看板を掲げているが門人は少なく、入門しても皆すぐにやめてしまう。行われる稽古があまりに厳しすぎるのだ。
 それは剣術を商売にした幇間(ほうかん)稽古で門人の機嫌をとるような道場とは一線を画していた。
「もし! 大二郎殿はおられるか? 笹原椿でござる」
 どたどたどた…!!
 椿が玄関に入って声をかけると、秋山大二郎が大きな足音を立てて駆け寄ってきた。
「こ、ここ、これは椿殿!! よ、よよ、ようこそいらっしゃいました!!」
 涼しげな椿の声を聞きつけ、道場の奥の間から大二郎の父・藤兵衛までもが飛んでくる。
「おう! 椿ちゃんじゃないか。よう来たな! ようやくワシのところに嫁に来てくれる気になったかえ?」
「はは…。秋山先生、とんだお戯れを。半年前、私よりも若い娘と祝言を挙げたばかりではありませぬか?」
 藤兵衛の軽口を椿は笑って受け流した。普段は男嫌いで通っている椿だが、藤兵衛だけは別だ。剣客として心から尊敬している。
 それほどまでに椿と秋山親子との繋がりは深い。
 二年ほど前、椿が面白半分に道場破りをしていた頃、ふらりと立ち寄った秋山道場で昼寝をしていた藤兵衛に苦もなく打ち据えられ、木刀を弾き飛ばされたことがある。
 すっかり感服した椿はそれ以来、時折秋山道場に立ち寄っては藤兵衛に稽古をつけてもらっているのだ。
「して椿ちゃんや。今日はどういった用向きかの? 難しい顔をしとるようじゃが」
「はい、秋山先生。実は少々困った事態が出来いたしまして…。ご意見を伺いたく参上いたしました」
「つつつ、椿殿!! ささ、こちらへ!! 私は今、茶菓子など買って参りますゆえ…」
 椿を奥の間に通すと、大二郎は慌てて買い物に出かけていった。

「実は…」
 椿は昨夜の顛末、そして今朝の怪事件をかいつまんで話して聞かせた。
「ほほぉ。それはちと難物じゃのう。ところで、その女が持っていたという革袋はお持ちかな?」
「はい。ここに…」
 椿は懐から革袋を取り出すと、藤兵衛に手渡した。
「ふぅむ。これは…何か板のようなものがはいっておるな。しかも口を固く縛り、蝋で固めてある」
 藤兵衛はしばらく革袋を調べていたが、小柄を取り出して蝋を削り始めた。
 そして紐を解いて取り出すと、中に入っていたのは割符であった。
「椿ちゃんや。お前さん、どうも大変なものを拾いなさったのう」
「…と、言いますと…?」
 椿は思わず身を乗り出した。
「これは貿易の取引に使われる割符の片方じゃ。一見何の変哲のないものに見えるが、ここに彫り込まれておるのは南蛮の紋章。おそらく密輸に使われておる」
「と、いうことは…。それを盗み出した女は隠密…?」
「かもしれぬ。しかし確たる証拠はない。この事件は一人で解決しようなどと思わず、お上に任せた方が良いかもしれぬぞ?」
藤兵衛は思案顔で煙草盆を引き寄せ、ゆっくりと煙管に火を点けた。
「ワシのがぁるふれんど…いやもとい、知り合いに岡っ引きの娘がおる。お前さんにも何度か引き合わせたじゃろ? ほれ、四谷のお京じゃ。ワシからあの子に頼んでこの事件を探ってもらうようにしよう」
 椿もそれを聞いて頷いた。
 以前、四谷まで出向いた時、地元のごろつきに絡まれたことがあり、あわや斬り合いというところで駆けつけたお京が仲裁に入ってくれたのだ。


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