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昭和十二年 夏 同時代人たちに
【純文学 その他小説】

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昭和十二年 夏 同時代人たちに-2

夏休み中といえども、毎日は、朝食後の勉強時間に始まる。父の前に座って、算術と読方の問題集に取り組まなければならない。それは学校で習うものよりずっと難しく、チンプンカンプンのこともあり、癇癪持ちの父は、「そんなことも分らんのか!」と雷を落とす。それは楽しみの前にどうしても潜らなければならない関門であった。やがて柱時計が鳴り、「では、ここまで」とお許しの出るのが待ち遠しく、勉強にはまったく身が入らなかった。
解放されると直ぐ、僕はミツオさんとユッコちゃんを呼びに走る。僕と姉と妹と、ねえやも一人連れて、由比ヶ浜の海岸へ海水浴に行くのだ。東京・渋谷の家には、常時ねえやが二、三人いたので、彼女たちを代わる代わる交替で渋谷の留守番と鎌倉の家事に使っていたのであるが、それは、彼女たちにも結構楽しいことのようだった。僕たちは、浮き輪やシャベル、バケツ、波乗り用の板、それに勿論お弁当、水筒という大荷物である。それを見て、「アン爺」は、「ハッハ、桃太郎の鬼が島征伐だな」と揶揄(からか)った。「じゃ、桃太郎は誰?」という話になった。「僕さ」と胸を張ると、「そんな弱虫の桃太郎なんて、あると思って?」と姉が言った。
大人たちは誰も一緒に行かなかった。「アン爺」と父は、テラスに碁盤を持ち出して碁を打ち、「アン婆」と母は、世間話のお喋りに耽っていたので・・・・。その合間には、「アン爺」が青年時代に過ごしたパリの思い出を語り、無口な父も、問われるままに、ワシントンでの松平恒雄大使令嬢と秩父宮殿下との婚約の経緯や、張作霖暗殺事件の真相、はたまた南洋での自身の苦労の一端などを話し、そして、少しは時局を憂うこともあったかもしれない。(だが、もうそれは、あまり大きな声では言えない世の中になりつつあった。)

僕たちは、まず滑(なめり)川沿いに大神宮前までトコトコ歩き、そこで大通りを左に折れて鎌倉駅まで・・・、それは相当の距離である。でもその頃、僕たちにとって、それくらい歩くのは何でもなかった。あとは、鎌倉駅から「江ノ電」に乗って二駅である。
「由比ヶ浜駅」で電車を降り、直ぐ、海岸沿いにいくつも並んでいる葭簀(よしず)張りの茶店の一軒で水着に着換え、大きなパラソルを借りる。姉が水着を貸すから着換えるよう、ねえやにしきりに勧めたが、田舎娘は恥ずかしがって、どうしても肯(がえん)じなかった。彼女たちは、「坊ちゃまたちとお留守番してます。その方がよかです」と言った。支度が終わると、僕たちは一斉に水際に向かって走り出す。と言っても、まだ泳ぎを知らない僕と妹は、波打ち際で跳ね回るだけである。それだけでも、子供たちにとって太陽の下で海と戯れる歓びには十分であった。一方、光雄さんとユッコちゃんと姉は、押し寄せる大波の壁を目がけて飛び込み、その向こう側で頭を出したかと思うと、抜き手を切って、たちまち静かな海面に悠々と浮かぶ水鳥となって、僕たちに手を振った。黒線のある海水帽が光雄さんで、白の海水帽が姉とユッコちゃんだ。
 浜辺に残された子供組とねえやの三人が砂の城を造り、トンネルにビー玉を走らせて遊んだのは型どおりのことである。間もなく、競泳組の三人も帰ってきて、パラソルの下に寝そべるが、暫くして、ユッコちゃんが言った。「A(僕の名)ちゃんも、二年生でしょう?泳ぎくらいできなくちゃ。教えてあげるから、練習しましょう。」姉は意地悪な目で、僕の方を見た。彼女は、僕に泳ぎを教えようとしても、絶対に成功しない経験を持っており、僕がどんなに怖がり屋の意気地なしか、よく知っているのである。それでも、僕はユッコちゃんに従いていった。ユッコちゃんは、まず両手で僕の両手を取り、バタ足の練習をさせる。それから、僕の背が砂に届くぎりぎりの深さまで連れて行った。波が寄せてくるたびに、僕は地面を蹴って背伸びをしなければならない。いよいよ泳ぐ練習である。ユッコちゃんは、「顔を水につけて。そう、眼をつぶっちゃだめ、いいこと?」と言う。言われたとおりにすると、たしかに体がちょっとの間浮いた。と思った瞬間、ユッコちゃんは僕の手を離した。たちまち恐慌に襲われた僕は、沈みかけて、したたか水を飲み、漸く足を地に着けて咳き込んだ。そんなことを何度も繰り返したが、僕は、水の上に浮かぶことすらできなかった。諦めたユッコちゃんは、背中に僕を乗せ、平泳ぎて泳いでくれた。僕は、桃太郎ではなく、亀の背に乗った浦島太郎の気分であった。
それからというもの、由比ヶ浜に行くたびに、ユッコちゃんは、僕に水面に浮く練習を特訓してくれた。だが、もう背中に乗せて泳いではくれなかった。「ネエ、ネエ」といくらせがんでもだめ。返ってきたのは、「自分で泳げるようにならなくちゃだめ」という訓戒ばかりである。「意地悪・・」と拗ねると、「もう大きいのよ。ひとの背中にオンブしてで泳ぐなんて、恥ずかしくないの?」と答える。実は彼女自身、僕くらいの大きさの男の子を背負って泳ぐなんて、みっともないと思ったのであろう。


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