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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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 「傀儡(くぐつ)」という言葉がある。唱歌に合わせて動かすあやつり人形のことである(手遣い人形と糸操り人形とがあるが、日本では主に前者)。あやつる芸人のことも傀儡と言うことがあるが、それが女の場合、傀儡女(くぐつめ)となる。
 傀儡女は遊女と同義語でもある。それは、彼女らが売色もしたところからくる。
 平安・鎌倉・南北朝・室町と時代は変われど、人形の芸を見せながら春をひさぐ傀儡の女は絶えることがなかった。しかし、戦国時代ともなると、手っ取り早く交接だけを請け負う商売女が増え、傀儡女は淘汰されていった。
 だが、九度山には、依然として人形の芸も見せ、春も売る女がいた。

「ほら、音夢(ねむ)、人形の首が据わってないよ。手の動きに気をとられるんじゃない!」

千夜が指導の声を飛ばす。

「ほうら、睦(むつ)も、人形が傾いてるよ。ちゃんと真っ直ぐにしな!」

傀儡女を束ねる千夜の督励は、九度山の少女らの成長とともに厳しくなっていた。
 十一歳になった音夢と睦は他の少女らに比べればまだひ弱そうに見えたが、おっとりとしていた音夢はいくぶんしっかりとしてきて手脚もすんなりと伸び、あどけなかった睦には、いい意味でのしどけなさが加わり仄かな色香が漂い始めていた。

「音夢、睦。互いの人形の動きを合わせるんだよ。二人の呼吸が合っていなければ、客は呆れてそっぽ向いちまうよ」

千夜が教えているのは手遣い人形の振り付けだった。真田の手遣い人形は、人形の衣の下から手を入れ、親指で人形の左腕を、小指で右腕を、そして人差し指・中指で人形の首から下に伸びる棒を挟んで動かすものだった。
 今、彼女らは基本動作を習っていたが、やがて男女の惚れた腫れたの寸劇を演じ、艶笑の出し物も披露することになる。しかし、真田傀儡一番の演目は家康の軍勢を寡兵で退けた「上田合戦」だった。人形は敵・味方の二体なれども、その他に語り手が一名おり、その者が熱弁振るって戦いの様子をありありと聞かせるのである。講談の起源は戦国時代の御伽衆(おとぎしゅう)であると言われるが、真田傀儡の弁士が始まりという可能性もあった。
 このように手遣い人形の芝居には語り手がいたが、囃子方(はやしかた)も必要だった。真田傀儡の場合、囃子方は笛と唄(うた)。その唄のほうを叩き込まれているのは千夜の娘、早喜だった。

「違う。そんな節回しじゃない!」

厳しい声が飛ぶ。声の主は千夜ではなかった。江戸で興行を行っているはずのお国だった。

「あたしは明日にはまた東国へ行っちまうんだからね。今のうちにあたしの教えること、全部覚えるんだよ!」 

踊っている時以外は常にいらついている感じのお国だが、今日の彼女は特にいらいらしていた。
 早喜は唄が下手かといえばそうではない。むしろ得意だった。幼い頃より唄うのが好きで、自ら進んで励んだのが唄の稽古であり、長じるに従い九度山で一番の美声の持ち主と認められるようになっていた。
 だが、早喜の唄は山里では村人が聞き惚れるだろうが、お国にしてみればまだ都邑で聞かせるものではなかった。

「だから違うと言っただろう。そこはこう唄うんだ!」

手本を示すお国の唄は、それは見事なものだった。まず、声がよく出ていた。そして、節回しが細やかだった。なによりも情感溢れる唄いっぷりだった。
 早喜は感心し、かつ、自分の唄のつたなさを思い知った。
 稽古は夕方まで続き、

「ようし……。江戸や京では無理だが、街道筋で唄うには、なんとかましになってきた。今日はこれで終いにしよう」

お国から解放されると、早喜は夕餉をとることもせず、山へ向かった。
 いつもなら唄うことで気分が浮き立つが、今日はこってりしぼられて気が滅入っていた。こんな時は野を駆け、山を走り、木から木へ跳ぶのが一番だった。
 時折、兄の佐助が諸国探訪から舞い戻り、早喜とともに猿(ましら)のごとく山林を跳梁することがあったが、近ごろは江戸方面へ行くことが多くなり、この一年は顔を見ていなかった。

 ひとしきり山を駆け回って気分の晴れた早喜が、遅い夕飯をとろうと家に戻ると、千夜の姿はなく、飯櫃(めしびつ)を覗くと乾き始めた粟飯が少しあった。それを手づかみで食いながら、窓越しに昌幸の屋敷のほうへ顔を向けると、いつもは使われていない部屋から明かりが微かに漏れているのが遠く見えた。
 早喜は何やら興味をひかれ、粟飯を食い終わると飯櫃を流しに置いて水を張り、夜気の中へ走り出た。そのまま駆け、ゆるい上り坂も速さを落とさず疾駆し、昌幸の屋敷塀をトンッと飛び越え、明かりの漏れている窓の下へ身を潜めた。そして、聞き耳をたてた。


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