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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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「そうか。江戸でも大評判か。それは重畳じゃのう」

昌幸の声だった。

「うまくゆけば幕府から声が掛かり、江戸城にて踊りを披露できるやもしれませぬ。これも、大殿が一座を援助してくださっているおかげで……」

これはお国の声だった。

「わしの援助など微々たるもの。……しかし、江戸城に入れる好機ではあるが、おまえの狙っている家康は駿府におるのじゃぞ」

「噂では駿府の城は来年から大改装が始まるそうでございます。その間、家康は江戸城に戻っているはず」

「なるほどのう。それならば江戸城にて家康とまみえる機会も生じよう。だが……」昌幸の声が沈んだ。「お国。それは、おまえの命が終わる時であるやも知れぬぞ」

「家康の首をとること叶うなら、この身が果てようと構いませぬ」

物騒な物言いだった。早喜は壁にへばりつきながら、さらに耳を澄ます。

 二人は昔語りをし始めた。
 三十数年も前、遠州で一揆があり、その時家康は千七百人もの村人を撫で切りにした。その中にお国の両親もおり、目の前で肉親を斬殺されたお国は五歳という弱年ながらも家康への憎悪の念を深く心に植え付けた。
 恨みは長い時を経ても色褪せることなく、成人したお国は復讐の手立てを色々と考えた。槍働きで名を上げ家康に近づくということは女ゆえ出来なかった。奥女中となり寝所へ渡る家康とまみえる機会をつかむことも頭に浮かんだが、奥向きで仕える素養がお国にはなかった。
 復讐など到底無理だと観念したのが、お国、二十代も後半の頃。やけになって河原で踊り狂っていたのを酔狂な分限者(金持ち)が目を付け、彼女を舞踊一座の座長に据えた。お国に眠っていたのが踊りの素質。一座はあれよあれよという間に評判を取り、今に至るというわけだった。
 恩人とも言える分限者は真田家の縁者であり、お国は九度山にても興行を行った。その折に昌幸と会い、天正十三(1585)年および慶長五(1600)年の二度にわたる上田合戦にて家康の兵を打ち負かした、あの真田の頭領だと分かるとお国は顔を輝かせた。「家康憎し」を共に心に抱く昌幸とお国は意気投合し、かくして彼女は時折、九度山に姿を見せるようになり、真田の面々と懇意になっていったのである。

「名高き踊り手ならば、勧進興行の名目にて貴人の面前で舞うことが出来る」昌幸が言った。「あの家康に肉迫する機会が訪れるやもしれぬ……。こう思った時、お国の心に復讐の炎が再燃したわけじゃな」

「はい。二親の殺される場面がまざまざと蘇り、無念の思いが長き時を越えてあたしの心に……」

「……決心は固いのですね?」

千夜の声だった。昌幸と同席していたらしい。

「はい。せっかく江戸まで乗り込み、評判が幕府にも届いたわけですから」

「あなたは死を賭する覚悟があるかもしれませぬが、一座の者どもはどうなのです」

「はい、千夜様。あたしの決心を聞けば、恐れおののき一座を去る者も出るでしょう……」

すると、昌幸がポツリと言った。

「わしの股肱の臣、海野六郎とその娘、宇乃が一座の中におるが……」

隠れて聞いていた早喜がハッとなった。

「それは…………」

言いよどむお国に、昌幸はほろりと笑いながら言った。

「海野六郎に命じたは、お国一座に溶け込んで徳川方の動きを探ることであった。しかし、おぬしに助力して運良く家康の首をとることが叶えば、これは望外の喜び。六郎も血が騒ぐであろう」

「しかし、宇乃は……」

「あの娘、おまえに心酔しているというではないか。それに、若くして今やお国一座の二番手。おまえの家康殺害の計り事を聞いたとて怯(ひる)むことはあるまい」 

「それでは、かの者らの命が、あたしのせいで危険に晒されたとしても、真田家としては看過してくださるのですか」

「看過するもなにも……六郎・宇乃をおまえに同道させた時より、こんな日がくるやもしれぬと思っておったよ」

また低く笑う昌幸だった。

「ありがとうございます。今、お国一座から海野親子が抜ければ興行がうまく立ちゆかぬことになりますゆえ……」

「重ねて言うが、六郎はおぬしのために働くのではない。家康の命をとることに荷担するは真田の謀略の一つ。成功すれば徳川の勢いが大いに削られる。これを見込んでのことじゃ。……もっとも、宇乃は真田のためというよりはお国のために命を張るであろうがの。はははは……」

あとは話し声が途絶え、早喜がこっそりと窓から中を窺うと、昌幸と千夜の前で平伏し、肩を微かに震わせているお国の姿があった……。


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