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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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螺旋-10

「いいよ、交換しよう」
「やった! 仲良しのしるしだね」

 無邪気そうに微笑んだヒロキくんは女のわたしから見てもほんとうに可愛らしくて、ほんとうにこのひとは天使みたいだなぁと改めて思った。

 こんなに可愛らしい男の子を、わたしは今まで見たことがない。

 わたしが過去に出会ってきた男の子はみんな、香水のにおいをぷんぷんとさせて前髪を気にしながら女の子を目で追うような男の子だとか、坊主頭に不自然に整えられた眉毛をしていて一見硬派を気取っているけれどチラチラ女の子の視線を意識していた男の子だとか、なんだかよくわからない外国の本を芝居がかった手付きでめくり読む男の子だとか、胸の大きな女の子が描かれた絵を中心にニヤつきながら話し合っている男の子だとか、とにかく“可愛らしい”と感じるような種類のひとたちではなかった。

 ヒロキくんの爽やかな可愛らしさが新鮮だった。
 同時に、このひとはどんな相手にも分け隔てなく接するひとなんだなと思った。
 お互いのピアスを交換することに特別感を覚えつつも、わたしはどこかでちょっぴり苦いものを感じながら左耳のピアスを外した。
 他の誰かともおそろいのものを買ったり、こうやってお互いのものを交換したりすることがよくあるのかなぁ。


 カフェから出ると、一面に広がった白鼠色の雲のせいで空が低く垂れ込めていた。
 空気が刺すように冷たい。
 これからヒロキくんはアルバイトへ行くらしい。
 土曜日の午後。

「今日バイトに入る時間が短いので、もし沙保さんが大丈夫でしたら夜に珈琲を飲みに行ってもいいですか? CDを持っていくので」

 CDショップまでの道のりを並んで歩きながら、ヒロキくんがのんびりと言った。
 時折彼からマスカットに似た爽やかな香水の香りがした。

「じゃあ、ヒロキくんが働いている間にわたしは猛スピードで片付けをしなきゃだわ」
「僕は全然気にしないけど」
「わたしが気にするの。何時くらいになるのかな?」
「たぶん十九時過ぎくらいになると思う」
「わかった。CDショップ待ち合わせでいいのかな?」
「いったん家にCDを取りに帰るので、地図を送ってくれたら行きますよ」

 CDショップの前で手を振って別れる。
 わたしはヒロキくんが奥へ入っていくのを見届けると、急いで家へと帰っていった。



 片付けは割と好きだ。
 その日の気分に合わせたCDをかけながらバルコニーの窓を開け、掃除機をかけたり床に無造作に置いていた鞄や畳んだ服をクローゼットにしまったりするだけで部屋全体がスッキリとして見える。

 スッキリして見えると気分もさっぱりする。気分がさっぱりとすると元気が出てくる。
 元気が出てくるとさらに掃除が捗る。

 ブラウンの毛足の長いラグに粘着ローラーをかけ、テレビや本棚の埃を拭き取る。
 コンロの油汚れを重曹水で綺麗にし、シンクを磨く。
 積み上げたリネンの歪みを直してジャスミンのルームフレグランスを一吹きした。

 わたしは香りものが好きだ。
 気に入った香りの、気に入ったボトルのルームフレグランスをたくさん集めて本棚の一角に飾っている。

 色とりどりのルームフレグランス。
 最近はこのジャスミンの香りが一番のお気に入り。

 テーブルを拭き、その上に置きっ放しにしていた文庫本を片付けたとき、キッチン台の上に置いていたスマートフォンが鈍い音をたてた。
 MISIAがカバーした、二回目の『SMILE』が終わる頃。

「──やだ」


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