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笛の音
【父娘相姦 官能小説】

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笛の音 1.-29

「ごめん。そんなつもりじゃないんだ。有紗さんをさ、そういう……」
 直樹が言い切る前に青信号になったから、有紗は構わず歩き始めた。
「直樹がそんなつもりじゃなくても、もう私はなってる」
「なってる?」
「そのつもりに」
 低く、そして暗い高架をくぐり始めた。車は通るが、歩道を人が歩いていない。こんな東京の真ん中なのに、夜に一人で歩くには怖いだろう。狭い歩道の柵沿いに、恐らく今日取りに来るつもりはない自転車がやたら駐められていて歩きにくかった。
「でも直樹がそのつもりになれないんだったら、別にいい。後悔させたくないから」
 暗闇と人気の無さに紛れ、腕にバストを強く押し付けてやって言った。「彼女に悪いもんね? ……でもこうして歩いている時点で、浮気成立かもしんないけど」
「そういう、有紗さんだって……」
「うん、そうだよ? でも、私は、浮気しますって認めてるから」
 高架を抜けると景色が変わってきた。目に入る看板には「神田」の文字が増え始める。山手線の地図を思い出し、そうか北に向かっていたんだな、と分かった。普段全く用のない街だが、何回か神田で飲んだことがある。確か猥雑な界隈もあった。そんな神田ならあるかもしれない、と小道を覗いた先にレンタルルームを見つけた。
 外に立てられた、周囲を電飾が回る看板には『カップル様ご休憩もOK!』とハート付きで手書きの張り紙が付されている。遠目には薄汚い雑居ビルだった。あの猥雑な界隈は、まだ歩いた先のもっと神田駅に近い辺りだろう。さすがに歩きすぎて足が痛くなってきた。ここがゴールでいい。有紗は道を折れて、看板の前まで直樹を連れて行き、
「だって?」
 と貼り紙を指さした。直樹は黙っている。「ラブホ探してたんだけどな。東京駅にはさすがに無いだろうなぁって思って歩いてきたんだけど、見つかんないね、案外。もうここでいいよ。なんか、異様に安いけど」
 料金表を見ても、ラブホテルの半額だ。いつも行っている部屋に比べたら設備も――、と考えた刹那、思い出しそうになったから、思考を停止させ、
「どうする? もう私、歩けない」
 と直樹を見上げた。
「なんでこんなことするの?」
 急に直樹が有紗の方を向いてきた。直樹の瞳に街灯の明かりが粒となって切なげに光っている。ここまで巻き起こる全てを偽ろうとしてきた有紗だったが、油断してその瞳を目の当たりにしてしまい、慌てて目を反らした。
「……。……約束だったから」
「そんなこと、俺は考えてないよ」
「そう? ……やっぱり、まだ処女のキレイな体の子じゃないとイヤだった?」
「有紗さんっ……!」
 遂に直樹の声が怒気を孕んで、二の腕を掴まれて身を正面に向かされた。軽蔑の末に去られてもいいと思っていたが、いざその時を迎えると、顔を背けずにはいられなかった。
「ウソかどうか確かめたい、って言ったのは直樹じゃん……」
 しまった、声が濁った。ここまで握ってもらっていた手が離されてしまった淋しさが凄まじい。直樹が両方の肩を掴んでくる。触らないで。有紗は髪を下ろして来なかったのを後悔した。顔を伏せても髪に隠れない。
「ウソなの?」
「中に入らなきゃ、教えない……」
「ここでも聞けるよ」
「……うっ」
 歩いている間じゅう、ずっと塞いできたムカつきが喉に溢れてきた。歪む顔を隠すために両手で覆うと、一気に涙が指を濡らしてくる。
「ウソじゃないっ……!」
 有紗は堰が切れて嗚咽の声を漏らした。「あれはウソなんかじゃなかったの。……、ウソじゃない……」
 直樹の手が肩から外れる。背中に回って引き寄せられる。こうして欲しかったんだと、真の期待が満たされた喜びに胸が震え、ムカつきの正体、自己嫌悪が薄められていく。
「……今の有紗さんも、きっとウソついてる」
「ウソじゃないよ。……でも、……直樹」
 額に直樹のジャケットが触れて香りが強くなると、悲声が抑えられなくなった。「助けて……」
 ジャケットを握って呻いた有紗を直樹が強く抱きしめてきた。
「約束……。お願い、約束を叶えて……」
 泣きじゃくる有紗の髪に指を埋めて頬を擦り付けてくれる。その優しい感触が有紗を落ち着けるまで、電飾看板の前でしばらく抱き合っていた。有紗のしゃくりあげて跳ねていた肩が治まってくると、直樹が腕を緩めて耳元で、
「こんなことしたいから、声かけたわけじゃない」
 と囁いた。
「そんな言い訳どうでもいい。入りたいか入りたくないか、言って」
「入ろう」
 直樹の腕に絡んだまま部屋まで行き、ドアを開けた瞬間、予想以上の狭さに驚いた。傍らを見上げると直樹も目を見開いている。有紗の視線に気づいたのか、直樹が顔を見合わせてきた。
「びっくりするくらい狭い」
 赤い目をしたままふき出した。座って寛げる場所は寝台しかない。しかもスペースはシングルベッドよりも小さい。有紗は結んでいた髪を解いたものの、座るタイミングを逸して立ち尽くしていた。
「……これで明日直樹が死んだら、彼女がかわいそうだね」


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