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笛の音
【父娘相姦 官能小説】

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笛の音 1.-28

「うん、不慮の事故に合わないように祈っててよ」
「はい。……期待させて、すみませんでした」
「あれ? してよかったんだ? そういう雰囲気の映画じゃないよ?」
「よく考えたら、私が『期待するな』って言っても、防げるようなものでもないかなって思ったんで」
「なーんか、ビミョーな回答だけど……、じゃ、次は変な期待しとく」
 明彦の嬉しそうな声。電話を切ろう。明彦は冴えているから、あまり長く話すとボロが出る。
「……本当にすみませんでした。……帰ります」
「うん、気をつけて。俺の方こそ、遅れて待たせてごめん」
 電話を切り、息をついて直樹を向き、
「……彼氏に対しては、平気でウソつけちゃったね?」
 そう言うと立ち上がった。明彦を彼氏と言っていることすら嘘だ、という自嘲で鼓舞しながら直樹を見下ろす。「……もし明日死んでも後悔しないなら、追いてきて」
 直樹を置いて歩み出した有紗は、返却カウンターにカップを置き、出口に向かう前に振り返った。直樹が立ち上がるのが見えた。




 有紗は髪を纏めていたシュシュを外した。合コンの時に明彦が好きかもと言っていた女優が、最近よく流れるCMでしているヘアスタイルを真似た結髪だったから、今となっては虚しいだけだ。
 新しさを感じさせる白壁には清潔感があったが、猛烈に狭い部屋だった。安物だろうバスタオルが置かれた、白いシーツが掛けられただけの小さな寝台。一部だけタイルになった壁に据え付けられた鏡、その前に飛び出す洗面台。部屋の広さに相応しい狭いシャワールーム。まるで病院……、いや違う、独房のようだ。独房なのに二人で居る。
 ――コーヒーショップを出ると、有紗は気ままに歩き始めた。直樹が歩を早めて隣に並んでくる。意識したのか無意識だったのか、七年前の記憶と同じく有紗の左側に来た。有紗は鞄を右肩に掛けるから、いつも直樹は左側を歩いた。自分も右肩に鞄を掛けるのに、二人でいる時だけわざわざ左肩に掛け替えて。思い出した有紗は黙って歩きながら直樹の手を取って握った。一度有紗の顔を見た直樹だったが手を外してはこない。二の腕が擦れるほど近くを歩く。並んで歩くと肩の位置は昔より少し高くなったのが分かった。かつては洗濯の匂いが濃かった直樹から、男らしい香りが漂ってくる。歩いているのは知らない道だった。少なくとも東京駅からは遠ざかっていっている。
「……どこ行くの?」
 手を握ってくるも無言で歩き続ける有紗に、ずっと黙っていた直樹が口を開いた。
「彼女いるのになんで追いてきたの?」
 どこに向かっているのかは有紗も知らないから、直樹の質問には答えられない。だから直樹に聞き返した。
「後悔しないなら追いて来いって言われたから」
 有紗は更に身を直樹に寄せた。胸乳に二の腕が触れる感触が心地いい。腕を組むと胸が当たって男が喜ぶと聞いたことがあったが、喜ぶのは男のほうだけではないんだなと思った。
「そんなに知りたいんだ?」
「そう。……俺は真面目に知りたいんだよ?」
「私も真面目だよ?」
「ウソだよ。なんか……」
 その先を直樹は言わなかった。有紗は前を向いたまま、乾いた笑い声を聞かせて、
「なんか……、何?」
 握る手を強めてやった。「ウソつき、ウソつき、って何回も。私のことよっぽどウソつき女にしたいんだね。後悔しないって言ってるけど、本当はこんなことしてるの、もう後悔してるんでしょ?」
「してないよ」
「ウソ。……直樹のほうがウソつきだ。好きな彼女がいるくせに、手なんか繋いじゃってさー」
 手を振りほどかれても、立ち止まって怒りに頬を張られてもかまわなかった。そうなったら夜の散歩はそこで終了だ。しかし癇に障るような言いぶりをしても、直樹は手を離さず、歩みも止めなかった。
「……約束」
 身構えていたのを解いて有紗が呟く。
「え?」
 二人の歩く外堀通りは、永代通りとの交差点を越えていた。首都高をくぐるのと同時に川を渡り、左に緩やかにカーブし始める。外堀通りがどこまで続いているのかを有紗は知らずに歩いていた。三越前の駅へ下る階段を通り過ぎると、さっきくぐった首都高が左手に並行してくる。有紗たちと同方向に向かう人はまばらで、正面からやって来て三越前の駅へ向かう人のほうが圧倒的に多い。
「直樹、ちゃんと合格したのに約束守ってなかったなって思って」
 有紗はすれ違う人々に聞こえるのも構わずに言った。「いまさらだけど、エッチの約束、ちゃんと守ってあげたほうが後味悪くなくていいでしょ?」
 冷然と言おうとしたのに目の下の頬が震えそうになった。道の続く先を鉄道が渡っているのが見える。直樹は何も言ってくれない。やはり直樹は己の沽券を保つために、別離の理由の真偽がただ知りたいだけなのか。有紗は江戸通りを渡る信号に立ち止まった機会に、ずっと黙っている直樹を見上げた。
「何も言わないんだ?」
「……有紗さん。なんか、ヤケになってる?」
 有紗は赤信号の時間表示を眺めながら、
「うんなってる。直樹が私のこと何度もウソつき呼ばわりするから」
 と言った。


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