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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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3. Softly, as in a Morning Sunrise-10

 平松が見せようとしたところで、悦子は手のひらを向けて、
「あ、でもちょっとごめん。先に部長んとこ行くから」
 自分から、どうしたの、と聞いておいて制すると、資料をバッグから取り出す。
「じゃ、もう少し僕らで頑張ろう」
「はい」
 彩奈の素直で高く可愛らしい声音。出掛けに彩奈に指示した伝票入力は確かに難しいものだったから、できるところまでやってもらって、戻ってきたら悦子がチェックしつつ教えるつもりだった。平松はキングファイルに綴じたカタログを開いて、この商品はもうストックがないかもしれないから仕入先に確認したほうがいい、これは起案書と設計書で型番が異なるからデザイナさんに確認だね、と懇切丁寧に教えている。
「どうだった? 先方の話」
 雛壇の部長の前に立って報告をするから背中を向けることになる。上々の感触であったことをまず伝えると、大型案件の兆しに部長も前のめりになって詳しく話を訊いてくる。悦子は意識を背中に向けながら規模と時期を報告していた。
「なるほどね……。それは本部長まで上げておいたほうがいいかもしれないな。建築施工まで持ってくるつもりなら、本体の営業にも話通しておいたほうがいいだろう」
「はい、そうですね」
「三島か沼津だろ? 本体の第二施工に知り合いがいる。可能性あるか訊いてみよう」
 部長は受話器を取り上げて、ええと、と内線検索を行い電話をかけた。よう久しぶり、元気? しばらく親父臭い挨拶を交わした後、ところで、と用件を話し始める。悦子は部長の様子を眺めていたが、我慢できなくなって自席の方を振り返った。PCの画面を二人で覗き込みながら話している。心なしか液晶のバックライトを浴びた彩奈の瞳が潤んでいるようにも見える。やがてパァッと溌剌とした笑顔を浮かべた彩奈が、
「あっ、そういうことですねっ! よくわかりました。平松さん、すごいですっ」
 と平松の方へ顔を向けた。悦子からは彩奈の後ろ頭しか見えない。それに隠されて仄かにしか見えない平松の表情が破顔して緩んでいる。耳が赤い。
「――じゃ、そっちでも上に上げてくれ。……うん。GOが出るならすぐに連絡欲しい。本気でやるならそっちも専任立ててくれよ? こっちは、権藤チーフってのにやらせる。……ん? そうそう、あのゴンドーだよ。なんだ、そっちでも有名なんだな」
 部長が電話をしながら見上げたが、悦子は振り返ったままで目が合わなかった。目線の先を追って、自席の平松と彩奈を見ているのを知られる。
「静岡東部なら乗り出す可能性はかなりあるってさ」
 電話を切った部長が悦子に呼びかけた。
「えっ、あ……、はいっ」
「明日、明後日くらいには答えが出るだろ。本体が乗り出すなら本気で取りに行くから忙しくなるな。……本体でもゴンちゃんの名は轟いてたよ。さすがだね」
「鉄のオンナですか?」
「いやいや、そうは言ってないよ。ま、とにかく今日はご苦労さん。本体がどうするかに関わらずウチとしては本腰入れたいからね。よろしく頼むよ」
 苦笑をした部長はデスクに肘をついて手を組むと悦子の目線を平松たちのほうへ導いた。「気になる?」
「あ、いえ」
「……木枝さんが困ってるのを見て、平松君が自主的に教えにいったんだよ」
 自主的に? へぇ、そうですか。
「半年前の彼からすると、ものすごい進歩だ。ゴンちゃんの日頃の指導の賜物かな」
 指導の賜物、だったらいいんだけど。
「人に教えるってのは自分の仕事に対する理解の整理にもなるからとてもいい」
 そんなこと言われたら、やめさせられなくなっちゃう。
「……サマっておいたほうがいいですか? 今日の案件」
「ああ、そうしておいてくれると助かる」
 悦子は部長との雑談も早々に自席に戻った。平松たちはちょうど入力が一段落し、彩奈の理解も得られたところのようだった。
「ありがとう、後は私が見る」
 声をかけると、平松が頷いて席を立つ。ありがとうございました、ペコリと頭を下げる彩奈に手を上げると颯爽と自席に戻っていった。どれどれ、と彩奈のPC画面を覗きこむ。間違えそうなあたりは、今までさんざん平松が間違ってきたところだ。指摘できていなければ平松をドヤしてやるところだったが完璧に入力されていた。平松の成長を嬉しく思うべきだが、気に留めるべきポイントをドヤ顔で彩奈に教えたかと思うと心の底が薄暗く澱んでくる。
「いいみたいだね。やるじゃん」
 悦子が彩奈を見ずにPCの画面を眺めながら言うと、
「いえ、平松さんに教えてもらって助かりました」
 と聞こえてきた。入力しながらさも困った顔でもしてみせたのかな、と思いながら、だいたい同じ要領でできるからこっちもおねがい、わからないことがあったら訊いてね、と新たな伝票の束を渡した。もうあんたはしゃしゃり出なくてよろしい、という目線を斜向かいの平松に向けたが、平松は悦子の視線には気づかなかった。
 悦子は今回の案件についてのエクゼクティブサマリをまとめ始めた。先方企業の事業背景や課題を記述しながら、時折彩奈の画面を覗きこむ。平松に教わった時のメモを眺め、いつのまにか自分なりのチェックポイントに赤線を引いた部分を再チェックしている。
「権藤チーフ、今、よろしいでしょうか?」


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